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95.イマジナリーフレンド①(怖さレベル:★★☆)
(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
イマジナリーフレンド、って聞いたことがありますか。
幼い頃の空想上の友だち。
実在しない、まぼろしの知人。
こういった話は、ホラー体験談などでもよく耳にしますよね。
子どもの時にしか見えない、幽霊やお化け、オーラ。
ある程度の年齢になったら本人は覚えていなかったり、見えなくなったり。
脳の成長に伴って視覚や前頭葉が発達するから、
などといろいろ説はあるようですが、いったいどれが本当なんでしょうね。
と、ええ……今回、ぼくが話をさせて頂くのも、
そんなイマジナリーフレンドによって引き起こされたお話です。
ぼくには四才年上の姉がいます。
小さな頃からよくこの姉にくっついては、ひよこの行進だとか、
二人でワンセットだ、などと言われて可愛がられていました。
姉は……なんといいますか、
不思議な雰囲気をもった人でした。
一般的な少女の好むような、人形遊びやままごとには目もくれず、
日夜、昆虫の観察に明け暮れたり、小難しげな本の活字を眺めたりするような子どもでした。
そんな姉にひっつくぼくのことは、特にうっとうしげに扱うこともなければ、
召使のように使役する、ということもありません。
ただ、遊んでくれるかというと、そういうわけでもなく。
マイペースな姉のやることなすことを興味津々で眺めるぼくのことは、
いてもいなくてもかわらない傍観者、くらいに思っていたのかもしれません。
当時は、そんな姉弟関係が当たり前であったものの、
今思い返してみると、ひどく珍しいというか……いっそ異常な関係だったかもしれませんね。
そんな不思議な姉は、ほとんどしゃべらない寡黙な少女でした。
両親との会話ですら、必要最低限。
「うん」と「ううん」で話が終わってしまうことも多々ありました。
しかし、そんな姉でも、
ふいに饒舌となるときがあったのです。
ぼくたちの子ども部屋の中、一年中吊るされている風鈴を、
ちりん、と三回連続で慣らした後。
姉は、自分だけにしか見えないソレと喋りあかすのです。
ぼくが覚えているのはまず、六歳の頃。
物静かな姉が、突然なにもない空にむかって、
仲良さそうに会話を始めたのを、
ひどくビックリして眺めたことを覚えています。
そして、その話の内容が、かなり特殊であったことも。
「アブラゼミの脚の本数、この間、はじめてちゃんと見てみたの。
六本あることは知ってたけど、関節部分までじっくり見たら、ポキッて折っちゃえるほどに細いのね」
「カマキリのね、胴体をこう……踏んだらね、クシュって簡単に潰れちゃったのよ。あんなに威嚇してくるのにね、おもしろーい」
ふだんのいっそ、無表情ともいえる姉の姿とはかけ離れたその雄弁さ。
その上、虫を痛めつけたり分解したりするような、
ある種異様な呟きの数々。
最初の頃は、自分に話しかけているのかと、
相槌をうったこともありました。
しかし、いつもはぼくがなにをしていても咎めない姉に、
「うるさい! あんたには言ってない!!」
と一喝されて以降、大人しく聞いているだけになりました。
そんな感じで、見えない友人と話し始めると、
姉にはなにを言っても無視されるか怒られます。
ならば、離れて一人で遊んだりしていれば良かったのですが、
当時は自分の知らぬ世界と交信する姉を、
いっそ崇拝すらしていたのです。
だから、いくらないがしろにされてもめげず、
姉がひとり言を延々と話している姿を、
ずーっと見守っていました。
きっと、だからこそ傍にいることを許して貰えていたのでしょう。
しかし、最初は月に一回、あるかないか程度であったそれが、
ぼくが十の年を数える頃には、かなり頻繁になってきていました。
姉とぼくの二人きりの子ども部屋で、
一方的になにかとの対話を続けている、彼女。
その内容は、まだ小学生だった僕にはとうてい理解できないもの含まれていました。
最初はわけもわからず見守っているだけだったですけど、
幼いながら、だんだんと不安を覚えるようになっていったのを記憶しています。
そんな、姉が中学三年生になったころの、ある日。
姉は非常にめずらしく、学校のクラスメイトをうちへと連れてきました。
二階の窓から見下ろしたその男子は、
やけに馴れ馴れしく姉にからんでいます。
イラっとした思いを抱えつつも、
姉が人付き合いが苦手なことは知っていたので、
不思議に思ったものでした。
そのまま、流れるように子ども部屋に連れてこられたその人のことを、
ぼくは思わず不躾にジロジロと眺めまわしました。
その男子は、部屋に入ってすぐ、
ぼくがいたことに驚いたようです。
あれだけペラペラと姉にしゃべりかけていたのがウソのように、
シュン、と大人しくなってしまいました。
そんな彼と姉を見て、ぼくはどうすればいいのか、
自分のイスの上でボーっと二人を見ていましたが、
「……二人で、遊ぶから」
無表情な眼差しでジィっと睨まれ、
スゴスゴと退散することになりました。
「ねーちゃん、どうしたんだろ……突然」
「まぁ、同い年のお友だちが増えるのはいいことよ」
居間でゴロゴロするボクに、
上機嫌な母がたしなめるように言いました。
母も、姉が常人より変わっていることには当然気づいていて、
習い事や、なにかのセミナーに連れていったりと、
なんとか他人と円滑に交流ができるようにと躍起になっていたのです。
だからこうして、『ふつうに』クラスメイトを連れてきたことがとても嬉しいようでした。
(……ホントに、そうなのかなぁ)
姉の見えない友人への執着を知っているだけに、
ぼくはどうにも腑に落ちません。
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