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96.踏切前のアパート②(怖さレベル:★★☆)
「いやぁ。もちろん、撮影ですよ。……ほら、
警察も救急もまだ来てないでしょう? 現場保存のために、ね?」
わざとらしくそんなことを言いながら、俺の隣、
廊下の欄干のところに陣取りました。
そして、あの亡骸――轢死した子どもの写真を、
なんの躊躇もなくパシャパシャと撮影し始めたんです。
(うへぇ……こいつ、そんな趣味かよ……)
ニヤニヤと、明らかに興奮した様子で撮影を続けるその様子は、
さきほど彼の言ったお題目とはかけ離れていてます。
「……俺、部屋に戻りますね」
「えっ? ……ああ、それが良いでしょうね。それじゃあ」
夢中になっていた彼は、俺の顔色の悪さに驚いたようで、
一瞬こちらに目を向けました。
しかし、すぐに興味を失ったようで、雑に別れを述べた後、
再び憑りつかれたように写真の撮影に戻っていきました。
(……ああいう人、他にいんのかねぇ)
投身自殺などがあるとスマホ片手に撮影にくる野次馬がいる、
というのは確かに俺も耳にしたことがありました。
冗談だろうとついさっきまで思っていましたが、
彼のような稀有な思考の人間もいるのだろうと、
さすがに気分が沈みつつ、部屋に戻ったのです。
「おや、沼田さん。どーも、先日は」
「あ……どうも」
数日後、俺が仕事から帰ってきたとき、
例の大家と顔を合わせました。
数日後、仕事から帰ってきたとき、
例の大家と顔を合わせました。
スーパーの袋を片手に、ニヤニヤとカメラを首にかけています。
(いいねぇ、仕事しなくっていいヤツは)
彼の親はいろいろな不動産を運用しているらしく、
息子である彼は四十代半ばであるにかかわらず、
親から譲られたいくつもの不動産運用で働く必要がないのだそうです。
ほかにいくつも良いアパートやらマンションやらを持っているらしいのに、
どうしてボロアパートに住んでいるのだろう、なんて考えていたのですが、
先日の様子を見るに、あれが目的なのでしょう。
俺が辟易しつつも、愛想笑いであいさつを返すと、
大家はひどく下卑た表情でジロジロとこちらを不躾に眺めました。
「いやぁ……沼田さん、夢見はどうですか?」
「はっ? あ、すいません……夢、ですか」
問われた意味が理解できず、怪訝な顔をしたのがわかったんでしょう。
彼はまじめ腐った表情をむりやり作って、
「いやぁ。ほら、先日事故あったでしょう?
イヤになって出てく人が多いモンですから」
「はぁ……なるほど」
たしかに当日はジリジリと記憶の端で主張する残像を消せず、
なかなか寝付けなかったもんです。
「まぁ……けっして気分はよくないですがね。
とりあえず、大丈夫ですよ」
「へぇ……それはそれは」
ニィ、と十人中十人が気味悪がる笑みを浮かべた彼は、
そのままそそくさと自室へ戻って行ってしまいました。
(なんだ……あいつ……)
先日の事故を見たときよりよっぽど不快な気分に陥りつつも、
自分もコンビニ弁当片手に、部屋へと帰りました。
また、ある日のこと。
そう、その日は確か、日暮れにほど近い午後の五時半。
その頃、夜遅くまでの残業が連チャンで、
俺はすっかりだらけた休日を送っていました。
三度寝したボサボサの頭を床に擦り付けながら、
そろそろ起きるかなぁ、なんてボーッと考えていた時です。
カンカンカン……
遮断機の音に、ぼんやりしていた意識が揺り起こされました。
(あー……そういや、腹、減ったな)
朝昼と、食事抜きで睡眠に徹していた俺は、
だるさの残る身体をむくりと起き上がらせました。
開けっ放しの窓からのぞくのは、赤黒い夕暮れ。
燃え上がる太陽が、訪れ始めた夜の闇と混ざって、
不気味に空を彩っています。
「買いモン、行くか……」
両手を伸ばして欠伸をしつつ、
テーブルの上に放っておいた財布をポケットにつっこんで、
のそのそと部屋を出ました。
「…………」
カンカンカン……
鳴り響く遮断機の音色が、
アパートの壁伝いにわんわんと跳ね返っています。
(……あの日も、寝起きのタイミングだったな)
もはや聞きなじんだそれに、先日起きた轢死事件を
少しだけ回想した、そんな時。
ブウゥゥゥン……ドゴォンッ
「……あ」
物と物がぶつかり合う激しい打撃音。
いつかと、同じ。
すぐ間近で聞こえたそれに、
無意識のうちに目が音源へと向きました。
「……い、っ」
階段を踏み外しかけましたよ。
その音の方向――アパートの向かいの線路に、
血しぶきが舞っていたんですから。
カンカンカン……
鳴りやまない遮断機の警告音とともに、
ざわざわと近所の人たちが集う忙しない音。
(うわ……関わりたくねぇ)
俺は見世物に集うかのようなそれに、嫌気がさしました。
さっさとコンビニに向かってしまおうと、
慌てて階段を駆け下りると、大家が部屋から飛び出してきたんです。
「ん、おや、沼田さん。お出かけで?」
「あ、えぇ……大家さんは撮影ですか」
彼の首には、いつぞやのようにカメラがかけられています。
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