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98.社員寮の女①(怖さレベル:★★★)
(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
あれは、俺が社会人になってまだ一年目、
それも入社して間もない数か月目の時のことです。
新卒で入社したそこは、全国展開されている有名どころ。
地方から出てきた俺は、多少都心から外れていても、
その都会らしいビルの高さや乱立するショッピングモールの数々に、
ウキウキと浮足立っていました。
俺が入社する時、社員寮はまだ空きが残っていたので、
田舎から二時間かけて通勤するのがイヤだった俺は、
一、二もなく入寮を申し込んだんです。
ただ、家賃が免除される分、ルームシェア、っていうんですかね。
新人二人で一部屋、という状態で与えられました。
あ、もちろん、寝室兼個室は別々だったんですけど、
リビング、トイレ、風呂場は共同。
そんな環境で、一緒の部屋になった堀口という男は、
ちょっといかつめの、ヤンキー風の男。
かくいう俺は、大した趣味もなく恋人もいない、
一般的にはつまらないと言われるような人間です。
そんな二人ですから、話が合うはずもなく、
最低限の会話こそ交わすものの、互いに苦手意識を持っていました。
ただ、なにせ新人。
仕事を覚える方が忙しく、おまけに食事に関しては
食堂が全面バックアップしてくれたので、部屋には風呂、あと寝に帰るだけ。
休日は、堀口はしょっちゅう外出していて、
夜遅くまでほとんど帰ってきません。
そんな風に、同じ屋根の下、まったく違う生活サイクル。
歩み寄ることもなく、干渉することもない。
だから……あんなできごとが起きるまで、
なにも気づかなかったのかもしれません。
それに気づいたのは、ようやく仕事に慣れてきた三か月目のことでした。
営業という名目で、先輩にあっちこっちと連れまわされ、
ようやく帰宅が許されたのは夜の十時。
ダルい身体を引きずりながら、社員寮の共通入口を
通って管理人さんに挨拶し、階段を上ります。
(あー……エレベーター付きだったら良かったのに)
単身の男性社員向け集合住宅。
五階建てといっても、移動手段は階段のみ。
その上、新人社員に宛がわれる部屋となれば、
移動が辛い最上階、と必然的になるわけで。
残業疲れが重く肩にのしかかるなか、
三階の踊り場でフーッと一息ついていると。
……ガサッ
「……ん?」
尞の下方、裏庭の方から物音がしました。
小動物が横切ったにしては、やけに大きな音です。
(……ははぁ。誰か酔っぱらって寝てるな?)
ごくまれにですが、泥酔状態になった社員が、
尞の入口までたどり着けず、生け垣の間だとか、
物陰で転がっていることがありました。
ただ、門限は十二時まで、となっているので、
それまでに入れないと締め出されてしまいます。
(仕方ないなぁ。管理人さんに声かけとくか?)
俺は物音のした方にだいたい当たりをつけながら、
懐から携帯電話をとりだしました。
ガサッ……
「……あ?」
再びの物音と共に、立ち直ぶ生け垣の隙間から、
一つの頭が覗きました。
(おっ……女の人……!?)
申し訳程度の街灯照明の下、僅かな木々の隙間から
半分顔を覗かせるのは、髪の長い人影です。
遠くて顔立ちや表情までわかりません。
しかしなぜか、アレは女性だ、とフッと理解したのです。
その人は、まるでこちらの社員寮を観察するかのように、
闇夜と同化する黒い髪をサラサラと風に流していました。
(ここ……女人禁制、だよな)
社員寮は当然男女別で分かれていて、
駐車場からこの付近一帯の区域は異性は立ち入れなくなっています。
あの女性がうちの社員ならば、それも認識している筈、ですが――。
(……誰かの彼女、かな?)
ポリ、と俺は頬を掻きました。
相手がこの寮の誰かで、会う約束でもしていたのか。
それとも、彼氏がどんなところに住んでいるのか見に来たのか。
(……っていうか)
むしろ、そうとでも考えないと、
こんな夜の十時過ぎ、女人禁制の男子寮を生け垣の隙間から
隠れるようにして覗く女の存在、というのは怖すぎました。
女性は、見下ろすこちらに気づいているのかいないのか、
暗く判別のつかないその白い面を、ジィっと寮へと向けています。
首から上だけ。
見ようによってはストーカー、
もしくは、この世の者ではない何か――?
(……見なかったことに、しよう)
俺はそうごちると、そそくさと自分の部屋に向かったのでした。
「ただいま……あれ?」
カギを開けて自室に入れば、中はガランと静まり返っています。
電気もついていないし、同居人もまだ帰っていないようでした。
(平日なのに……元気なヤツ)
見目の通り、派手な生活を送っている堀口。
仕事帰りにしょっちゅう遊びまわっているらしく、
帰ってきた時に酒臭い、なんてことはザラです。
おそらく今日も門限ギリギリの帰宅だろうと、
荷物を置いて先に風呂を頂戴していると、
ドタドタドタ……バタン!!
浴室越しに聞こえるほどの、
慌ただしい帰宅音が響き渡りました。
(なんだ? まだ時間ってわけでもないのに)
キュッとシャワーのコックを締めて、
手早く着替えてタオル片手に外に出ると、
「うわっ……ど、どうしたんだよ、堀口」
玄関で頭を抱えてうずくまる、彼の姿がありました。
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