98.社員寮の女④(怖さレベル:★★★)

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98.社員寮の女④(怖さレベル:★★★)

あの日、長い黒髪を風に泳がせていた、あの女性らしき姿と――。 「あ、あの。もしかして先週、下のところにいた?」 「…………」 「あ、いや……間違いだったらゴメン……はは」 沈黙が落ち着かず、場をつなぐ為にと適当に言った台詞。 ごまかすような笑みを浮かべたこちらに、彼女、は。 「……気づいちゃったんだ」 「え……?」 ひとり言のように呟かれたか細い声。 それに反応する前に、 白い顔はヒュッと部屋の中へ引っ込んでいってしまいました。 「あ、ちょっ」 「おーい、今、管理人来るってよー」 伸ばした手は直前で同期に阻まれ、ハッと俺は振り返りました。 「あ、ありがと……」 「いや……でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど) 「えっ? なに?」 「さっきの子、さぁ……なんか、見覚えないか?」 「え……お前も?!」 思わず、食い気味に同期に詰め寄りました。 「いや……わかんねぇ。気のせいかもだけど」 あまりの剣幕に驚いてか、彼はとたんに自信を 失ったようにオドオドと二、三歩後ずさりしつつ、 「なんかこないだ、新聞の三面でさぁ……」 「えっ……新聞って、どういう」 と、意外なところからの情報を更に追及しようとしたところで、 「ハイハイーッ、お待たせ―っ」 合鍵を持った管理人のおじいさんがやってきました。 「すいません、わざわざ来てもらって」 「いいのいいの。締め出されちゃったんだって?  すぐ開けるからねー」 「えっ……でも、チェーン……」 と、こちらが見ているほんの僅かな間。 管理人さんは、不思議な器具を使用して、 チャチャっと開けてしまいました。 「あ、これね、普段は使ってないから安心して。  たまに締め出しくらっちゃう子がいるからさ、その対策用に、ね?」 言い訳のような釈明をしつつ、 おじいさんは遠慮なく扉を開け放ちました。 「おーい、堀口くん? ここ、  異性の連れ込み厳禁だって言ったでしょー?」 管理人さんはのんびりした口調で注意しつつ、 部屋の中へとどんどん入って行ってしまいました。 「良かったな、開けて貰えてさ」 「ホント……まったく、堀口のやつ。  一言くらい、謝りに出てこいっつうんだよな」 はぁ、と大げさに肩を落としつつ、 おれも部屋に戻ろうと、部屋に足を踏み入れると。 「……うーん」 「あれ? 管理人さん、堀口は?」 おじいさんが、険しい表情のまま入口に戻ってきたのです。 「さっき、確かにチェーンかかってたよね?」 「え……はい。カギはおれが開けちゃいましたけど、  チェーンはずっとかかてましたよ」 「……うーん」 おれの返答を聞くと、彼はなにやら腕を組んで唸り始めました。 「どっ……どうしたんです? 堀口が、なにか」 同期も気になったらしく、 管理人さんの後ろを覗くように首を伸ばしています。 おじいさんはためらうように視線をさまよわせた後、ポツリと言いました。 「いないんだ」 「……えっ?」 「いないんだよ……誰も、ね」 「そっ……そんなバカな!」 思わず、おれは管理人さんに詰め寄りました。 「誰もいないって……じゃあ、誰がいったいどうやって  チェーンをかけた、っていうんです!?」 「おい! 管理人さんにつっかかったってしょうがねぇだろ」 「あっ……す、すいません」 同期に腕を引っぱられ、おれは正気に戻りました。 慌てて頭を下げると、苦笑を浮かべたおじいさんは、 ゆっくりと首を横に振りました。 「いやぁ、混乱するよねぇ。僕も長年ここで管理人やってるけど、こんなの初めてだよ。  いやぁ、なんなんだろうなぁ。イタズラかなんかで、ベランダからどっか逃げちゃったかな?」 「い、イタズラ……」 「でも五階だからねぇ、ここ。だいぶ命を張ったイタズラだけど」 なんて首を傾げる彼に、同期が恐る恐る尋ねました。 「あの、誰もいない、って言ってましたよね?」 「うん、いなかったよ」 「えっと……今、後ろにいるの、は?」 「……え、っ?」 電気の点けられた、明るい室内。 その照明を背に浴びた彼の後ろ。 密着するほど近くに、なにかの姿がかぶさっています。 黒い、髪の色。 生白い、生気の薄い肌の色。 おじいさんのすぐ背後に見えるそれは、 さきほどチェーンの隙間にいたはずの、あの女性――。 「ひっ……!!」 冬の柳を思わせる不気味な姿に、 おれと同期は思わず後ずさりました。 「えっ、どうし……ひあっ!?」 振り返った管理人さんが、 のけぞるようにして地面に転がります。 バタンッ と、廊下に飛び出した我々を締め出すようにして、 勢いよく扉が閉まりました。 ガチャガチャ……カチャッ 呆然と扉を見上げるおれたちの耳に、 カギを施錠する無機質な金属音が響きます。 「…………」 「…………」 「…………」 シン、と静まり返った寮の廊下。 おれたち三人は、互いに顔を見合わせて、 なんの言葉も発することができませんでした。 「いっ……今の、人……」 長い沈黙を経て、おれがおずおずと声を上げれば、 ようやく気を落ち着けたらしい管理人さんが、ずるずると身体を起き上がらせました。 「……ちょっと、僕の部屋に行こうか」 憔悴しきったように言いました。 さきほどの一連の流れを目撃してしまったおれと同期は、 このまま解散するなんてとてもできず、 その提案に一も二もなく頷いたのです。 >>
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