113.義母と義兄嫁③(怖さレベル:★★☆)

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113.義母と義兄嫁③(怖さレベル:★★☆)

すると。 「……もう終わりましたー?」 玄関の方から、義兄嫁の声が聞こえてきました。 「はっ……ハイ! はい!!」 ガタン! と音を立てて立ちあがるが早いか、 彼女はズカズカと大股でリビングにまで入ってきました。 「あたし、買い物でかけたいんで。そろそろいいですか?」 「あ……す、スミマセン。長居しちゃって……」 彼女のつっけんどんな台詞に、今回ばかりはホッと一安心しました。 義兄嫁が入って来たせいか、妙な気配はすっかり霧散してしまい、 昼下がりのいつもの光景に戻っています。 冷や汗混じりの私の謝罪に、彼女はフン、とつまらなそうに鼻を鳴らし、 ぐるっと室内を見回して、 「あー……ダメダメ」 と、稼働していたエアコンに近づきました。 「この人、冷房いやがるんですよ。扇風機だけあれば十分でしょ」 「あ……い、いいんですか?」 つけたばかりのエアコンのスイッチは消され、 部屋のなかはムッとするような熱気が満ちてきました。 しかし、義母はポケーッと定まらない焦点を天井に向けたまま、 口をハクハクと開閉するのみです。 「あ……あぁ……あー……」 かすかに、うめき声だけをもらすその姿を、 義兄嫁は、まるでいまいましいもののように睨んだ後、 「……もう、いいですか?」 思い出したようにこちらを見て、尋ねてきました。 「あ、は、ハイ……ありがとうございました……」 「じゃ、外でてください。カギ閉めるんで」 なんの愛想もなく言い放つ彼女に苦笑を返しつつも、 どこかホッとした気分で、義母を見ました。 彼女はふたたび布団に体を横たえ、 感情のない目でこちらをぼうっと見ています。 「おかあさん……それじゃあ、また」 「あ……あぁ……」 返事とも、唸りともつかない言葉に背を向けて、 私は急かされるように家を出ました。 あの空間から出ると、急にさっきまでの体験が、 ありありと脳内に描き出されてきます。 ドクドクと異様に脈うちだした心臓を押さえつつ、 さきほどの現象について、冷静に考えました。 義母の奇行は脳の萎縮によるものだとしても、 仏壇から現れようとしていた、黒いなにかは? 暑さで、幻覚でも見てしまったのか。 それとも――アレは、実在したモノだったのか。 気持ちを整理できずに玄関先で考え込んでいる私の前で、 遅れて出て来た義兄嫁が、ガチャガチャと雑に施錠を完了させました。 「それでは」 「あっ……ありがとうございました」 礼の言葉にニコリともせず、 彼女はそそくさと自宅へと戻って行ってしまいました。 (……帰ろう) すっかり気分はドン底です。 今日のできごとは、とても夫には話せないなぁ、なんて 深々とため息をはきだしつつ、私は帰宅の途についたのでした。 それから、三日後。 「……おかあさんが、亡くなった!?」 義兄夫婦から、そんな一報が届きました。 いつものように、義兄嫁が食事を届けにいった際、 風呂に沈んでいる義母の姿をみつけた、というのです。 痴ほう症の、義母の事故死。 私は数日前のあのできごとを思い出し、ゾッとしてしまいました。 あの仏壇の黒いなにかは、 義母の命を奪おうとしていたのではないか。 あの時目撃したことを、夫なり、義兄夫婦に相談していれば、 もしかしたら、防げた事故だったんじゃないか。 義母にすがって泣く子どもたちを見て、 人知れず、私は後悔の念に襲われていました。 えぇ……話は、これで終わり…… では、なかったんですよね、これが。 また、一週間が経過した頃でしょうか。 今度はなんと……義兄嫁が、亡くなったんです。 死因は義母とまったく同じ。 浴槽に沈んでの、溺死です。 私は、怯えました。 たて続けに二人も。 それも、どちらも少し前に言葉を交わした相手です。 尋常でない私の怯えように、 さすがの夫も、異変を感じたようでした。 仕方なく、あの日のことをすべて聞かせたものの、 義母の奇行や仏壇のくだりには、さすがに懐疑的な反応です。 それでも黙っているよりはと、すべて話して聞かせると、 難しい顔をして、夫は黙りこみました。 「……ちょっと、兄貴と話してくる」 けわしい表情を浮かべた夫は、 急くようにして実家へ出かけて行ってしまいました。 次に死ぬのは、私かもしれない。 まだ子どもたちも小さいのに、いったいどうしたら。 一人残された私は対処法も思いつかず、うつうつと悩むばかりです。 そんななか、義兄宅へ向かった夫から、 「すぐに来てほしい」と連絡が入ったため、 子どもたちも連れて現地へと向かったのです。 「……え、これ」 子どもたちを居間で遊ばせている間、 夫と義兄に呼ばれて、義兄夫婦の寝室へと招かれました。 泣きはらしたのか、目がまっ赤になった義兄が、 ペコリと頭を下げてきます。 しかし、しぶい表情の夫はこちらを見ず、 ただただ厳しい視線を彼らの寝台の上へ向けています。 整えられたダブルベッドの上には、 ノートが二冊、乱雑に放り投げられていました。 「おう、来たか。……それ、ちょっと読んでみてくれ」 夫は、顎で二つのノートを指しました。 戸惑いつつも、まず先にと、紙質がどことなく古さを感じる方の ノートを手にとりました。 「え……これ、おかあさんの……」 ペラリ、と表紙をめくると、なつかしい義母の タッチで書かれた文字が、ページをのびのびと埋めています。 「日記帳だよ、母さんの。……最初は、ふつうの日常。  問題なのは……このあたりから」 夫はノートの三分の二ほどの場所を、指でそっとめくりました。 「あった……ここだ。……読んでみてくれ」 武骨な指のさし示したところに目を通し――私は、凍りつきました。 >>
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