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118.恋の呪い②(怖さレベル:★☆☆)
その日も、スマホのカレンダーをボーッと眺めつつ、
唯一のたのしみともいえる、先輩と食事に行く日を確認していたんです。
彼とはもう、食事も何度がともにして、買い物や映画にも行って、
そろそろきちんと告白して、ちゃんとしたお付き合いに発展させたいなぁ、と思っていたところ。
次に会ったときこそ……と決意を新たにしていたとき、
フッ、と気づいたのです。
(……あれ? この日付……)
食事に行った日、買い物に行った日、映画を見た日。
その日程は例の――白いもやを見た日と、ピッタリと重なっていたのです。
(ど、どういうこと? もしかして……あれは私じゃなくって、先輩に関係してるの……?)
病院方面がダメならオカルト方面かと、
自宅に盛り塩をしたり、お守りをいくら買い込んでみても、
まったく効果がないはずです。
そういえば、と思い当たることもありました。
少し前、先輩は彼女と別れたと言っていましたが、
その別れ方もちょっと不思議なんです。
前日までなかよく出かけていたというのに、急に
「別れましょう」というメッセージが入って、それ以降音信不通、なのだとか。
(もしかして……あのへんなのが関係してる……?)
例えば、久坂先輩の守護霊的な存在で、
認めた女の子としかつき合わせない、とか?
ありえないような話ですが、その頃は会社でちょっと先輩と話をした後にも、
フッと窓ガラスに映る白い影を見たりしていたので、少々ノイローゼ気味だったのです。
まるでとっぴょうしもない考えでも、
これだ! と思ってしまったんですよね。
「……先輩」
「ん、どうかした?」
翌日。
仕事の帰りに、私は久坂先輩に声をかけました。
部署の皆はすでに帰宅しており、事務所のなかには二人きり。
「……あのっ」
私は先輩の顔をジッと見つめ、意を決して言い放ちました。
「先輩って……ゆ、幽霊にとりつかれていませんか!?」
「……えっ?」
彼は、ポカン、とあっけにとられた表情で口を開けます。
その呆然とした表情を見て、私はハッと正気に戻りました。
「あっすっスミマセン!! ぶしつけに、へんなことを……」
せっかく距離をちぢめられていたのに、
もしこれで幻滅されたらと、私はぺこぺこと頭を下げました。
(うぅ……私、なに言っているの……!)
もっと遠回しに、さりげなく尋ねればよかったのに。
今日の昼間、またあの白い浮遊体をトイレで目撃してしまって、
すっかり気が動転してしまっていたんです。
「はは……いや、ふふっ。面白いね、春川さん」
しかし、彼は苦笑いこそ浮かべたものの、おだやかに答えました。
「とりつかれてる、かあ……実はね、なんどか言われたことがあるんだ」
「えっ……じゃああれ、他の人にも見えて……?」
自分だけ、と思い込んでいたので、
先輩の不思議な一言に、バッと私は顔を上げました。
「おれ自身には見えないし、とくに実害もないんだけど……
うん、たまに現れているみたいだね」
「おっ……お祓い、とかは……?」
「行ったことはあるよ。どうしてもって言われてね……でも、
いまだに見えてる子がいる時点で……ダメだった、ってことなんだろうね」
と彼は眉を下げました。
「まあ、肩が重いとか事故に遭うとかそういうこともないし、
とりあえずそのままにしてる、って感じかな。
……ああ、そうそう。春川さん、もしよかったら次の土曜日……」
と、彼がそのままにこやかにお誘いをしてくれようとした時、
ガラッ
事務所の扉が開きました。
「久坂さん! 帰る前に少し……あれ、春川さん?」
「あっ……お疲れさまです」
経理部門の女子社員が、勢いよくなかへ入ってきました。
「うん、大丈夫。行くよ。……じゃ、春川さん、また」
「あ……ハイ。お疲れ様でした」
仕事のことならば、仕方ありません。
せっかく次の誘いをとりつけてもらえそうだったのに、と、
私はガックリしながら、ひとりでトボトボと帰宅することにしたのです。
(……ハア)
布団にゴロリと横になり、私はぼんやりと天井を眺めていました。
脳内にグルグルと去来するのは、今日の先輩との会話。
(先輩にとりついている……幽霊、かぁ)
お祓いしてもダメだった、となれば、
そもそも悪いモノではないのかもしれません。
久坂先輩自身も「実害はない」と言っていました。
私も姿を見たときだって、たしかに不気味だし、
意味もわからなかったけれど、危害を加えてくることはありませんでした。
(……でも、なぁ)
ふわふわと宙を舞う白いもやのようなもの。
言葉にしてみるとまったく怖くないし、
むしろかわいらしさすら感じるそれ。
しかし、実際に目にしたそれは、
ひとことで言い表すならば――気持ち悪い、のです。
なにが目的かわからない。
ただ目の前に現れて、ふわっと消えていく。
なんの主張もしないそれが、
まるで存在すらあいまいなUFOでも目にしたかのようで、
なんとなく不安感がぬぐえないのです。
明かりの消えた自室で、ぼんやりと久坂先輩のこと、
そして白いもやのことを考えていると、
だんだんと眠気に襲われてきました。
(まあ……まだ、彼女でもないんだし)
あぁしたら、こうしたら、
なんてとても先輩に指示することはできません。
夢うつつのなか、ぼうっとそのまま眠りの国に落ちて行こうとした、
そんな時――。
サワッ……
「……っ、なに……?」
布団の上に伸ばしていた指に、なにかが当たりました。
布のような、糸の束のような感触が、
皮ふの表面をゾワッと撫で上げたのです。
(なにが……? っ、手、動かない……っ)
体を動かそうとした瞬間、
どこにも力が入らないことに気がつきました。
足、首、それに違和感のある腕。
力を入れようとしても、手を動かす作業が、
まるで土にのめり込んだ岩をもちあげようとするかのように、
ずっしりと重力に抗えないのです。
(かっ……金縛り……!?)
生まれてこの方、初体験の現象。
目を開けたまま、必死で体を動かそうとしても、
ふだんであれば意のままに動く体は、まったく言うことを聞きません。
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