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119.カラスの葬列①(怖さレベル:★★★)
(怖さレベル:★★★:旧2ch 洒落怖くらいの話)
……すげえ、イヤな思い出があるんですよ。
ちっちぇ頃……ほんと、七歳くらいん時だったかな。
住んでたのがわりかし田舎のほうで、
近所なんて、みんな庭みたいなモンでさ。
その頃、ゲームなんて据え置き型のヤツばっかで、
うちの親はいっさい買ってくんなかったから、
村の友だちと一緒に、夕方まであっちこっち駆けずり回ってました。
そんな庭――近所でも、なんつーか、
ちょっと異質な場所、ってのもあって。
うちの村の、ギリ範囲内にある家。
ほぼ村はずれの、今じゃもう誰も住んでないってわかる
寂れ具合の、でっかい廃屋。
なんせ古くてボロボロで、
でかい地震でもきたらそくお陀仏、って感じの家です。
ちいさい頃から、なんとなく気味が悪い家、って認識はあって、
オレたち地元の子どもは、あんまり近づくことはありませんでした。
でも、その年の夏休み。
毎年暑くなると、都会から里帰りしてきた家族がボチボチ来たりして、
うちの村はちょっとだけ、にぎやかになるんですよね。
オレたちはアホだったから、都会モンとか田舎モンとかよく考えず、
あたらしい遊び相手が来た! と、そういう子たちもよく仲間に引き入れて遊んでました。
で、その中にひとり、トモチって呼ばれてるヤツがいて。
こいつは親につれられてここにきて、今年で三回目。
わりと大人しめで、口数も少ない子どもでした。
オレたちが、今年村に来た新参者たちもふくめて、
村の案内がてら、あちこちを駆けずり回っていたとき。
このトモチが、ふと例の家に興味をもったんです。
「ねぇ。あの家って、だれか住んでるの?」
「あー、空き家だよ。ボッロボロ」
オレたちは、いつもスルーしているその家を興味しんしんで眺めるトモチに、
逆に問いかけました。
「いまにも崩れそーだし、なんか不気味なんだよなー。……気になんのか?」
「まあ、うん。今やってるゲームに、あんな感じのトコ、出てくるし……」
と、トモチはひとりでズンズンと家の方へとむかって行ってしまいました。
「あーもうアイツは……オレ、トモチ連れ戻してくるから、
お前ら、先に学校の校庭行ってろよ」
「わかったよ。気をつけてねー」
他のメンバーには、先に集合場所である校庭へ向かってもらい、
オレひとりだけ、ヤツが入って行った廃墟の方へ行くことにしました。
(あの家、そんな気になるか……?)
うす汚れて、ボロっちくて、いまにもぶっ壊れそうな家。
うちの親や近所の人も、あの家に関しては、
『あー……何年放置してんのかねぇ。危ないからさっさと壊してほしいよねぇ』とか、
『昔っからあるんだけど、一応持ち家だからなんにも言えないんだよねぇ……』
とか、曰くつきだったりするわけでもなく、
ただただ、ふつうの空家でしかありません。
雑草の伸びまくった庭をつっきって、
オレはトモチが入って行った玄関に、足を踏み入れました。
「おーい、あぶねぇぞ!!」
「……大丈夫だよー! なかはそんなに崩れてないし……」
と、玄関の奥、内部から声が返ってきます。
(ホントかよ……?)
オレは怪しみつつ、靴をはいたまま玄関から中へ入りました。
グルリと見回しても、なかの損壊はさほどではありませんが、
床にホコリは積もっているし、ドロ汚れがあちこち見えています。
クモの巣はひっきりなしに張っているし、
正直、オレはこれ以上さきに進みたくなくって、
先に進んでいるらしいトモチへ、大声を張り上げました。
「トモチー! こんなトコにいたってしょーがねーだろ!?
さっさとみんなんところ、もどろーぜ!」
「もうちょっとー! ……あっ」
ウキウキと上ずっていたヤツの声に、小さな悲鳴が混じりました。
(あいつ、調子にのって転んだか……?)
足場がけっしてよくはない室内。
調子にのってるからだな、とすこしだけ胸がすく思いで、
声のした方へ向かいました。
「おーい、大丈夫かー?」
壁紙がベロンと剥がれている箇所を大回りしてよけつつ、
そのまま奥へ奥へと進んでいきます。
「だ……大丈夫……」
かすれたような声は、さらに奥まった場所、
一番先の浴室のなかから聞こえてきました。
(なんちゅートコに行ってんだよ……)
オレは辟易しつつ、さらに大声をはり上げました。
「おーい、トモチ、聞こえてるか―?」
しかし、返答はありません。
(あいつ……なんなんだよ、まったく……)
返ってこない返事に焦れたオレが、そのまま足を踏み出した瞬間。
――それは、見えました。
「わぁ……うわぁ」
困惑したような声を放つ、トモチの視線の先。
そこに――いびつに吊り上げられた物体がありました。
「か……らす……?」
黒い鳥が十羽ほど。
風呂場の換気口へひっかけるようにして、首をくくられていました。
だらん、と太いくちばしを真下にぶらさげるその姿からは、
すでに生命の残滓は感じられません。
鼻をつく腐敗臭は、あっというまにオレの体内に入りこみ、
胃をひっくりかえすような不快感を巻き起こしました。
黒い生き物の損壊状況はどれもバラバラです。
骨と羽しか残っていない干からびたモノ。
でろでろと溶けかかり、なにかの体液をこぼすモノ。
まだ生きているかのように、つやつやと羽を光らせているモノ。
共通しているのは、すべて細いヒモで首をくくられていることと、
死体であるにも関わらず、ウジや羽虫などがいっさい湧いていないということでした。
「う……っ」
オレは思わず口を手で抑え、
あたりにただよう臭気に、ズズズッと後ずさりました。
「とっ……トモチ……!」
呆然ととなりに立っていた友人に、
この状況はどういうことかと尋ねようと、振り返ります。
「……ハア!? いない……!?」
しかし、ヤツは一足早く逃げ出してしまったようです。
足元にぐちゃぐちゃと靴の跡だけを残して、
当人の姿はもう、どこにもありません。
(あいつ……っ!!)
せっかく気にして追いかけてきたのに、なんてヤツだ!
オレはふつふつと腹の底に怒りをためつつ、
勢いよくきびすを返しました。
「……っ……」
その瞬間、目の端に映った黒いかたまり。
ブラン、と垂れ下がるカラスの眼球が、
まるで鏡のように怯えるオレの顔を映し出します。
「ひっ……いぃっ……!!」
ズラリと立ち並ぶ、不気味な集団首吊りの残滓を振り払うように、
オレは全力疾走で駆けだしました。
「はっ……ハア……っ!!」
肺がきしむほどに荒い息をはきだしつつ、
廃墟からオレは逃げるように飛び出しました。
まぶたの裏には、いまだあのカラスの死骸たちが、
てるてる坊主のように、ぶらりと垂れ下がっています。
ブンブンと首をふって、むりやり記憶を追い払いつつ、
諸悪の根源の友人が、近くにいないかを見回しました。
「くっそ……トモチのヤツ……っ!!」
しかし、やはり周囲には人影はありません。
オレは悪態をつきながら、ドスドスと足音を踏み鳴らすようにして、
みんなの向かったであろう学校の校庭へと向かいました。
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