2.階段下の石ころ②(怖さレベル:★☆☆)

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2.階段下の石ころ②(怖さレベル:★☆☆)

翌日のことです。 私は、どこかキリキリと痛む頭をさすりながら、 洗面台で顔を洗っていました。 昨晩のことは夢かと思いつつも、 厳重に閉められた窓と、 玄関先に置かれたイスの姿に、 あれは現実にあったことなのだと憂鬱な気分に陥っていたのです。 冷たい水に浸され、 いくらか気分もマシになってきたその時。 ギャアァアア 人の悲鳴。 断末魔のようなその叫びに、 落ち着き始めていた気持ちが一気に動揺に振り切れました。 入口のイスを蹴飛ばしながら慌てて外へ出ると、 他のアパートの住人たちもザワザワと出てきておりました。 ひそひそと聞こえる住人たちの会話から、 悲鳴のした家はこの下、二階の住人のようです。 なんだなんだと二階へ下りると、 すでにけっこうな数の人が集まっていました。 「き、救急車ぁ!」 「子どもが、血ぃ流して倒れとるぞ!」 人垣で中の様子はうかがえないものの、 聞こえてくる内容は恐ろしいものです。 ――まさか、昨日のアレがここの家を? 強盗か不審者か、 カギの閉め忘れた家に入って襲った、 というのは大いに考えられることでした。 ブルブルと昨夜の恐怖を思い出して震えているこちらをしり目に、 救急隊員が慌ただしく担架をもってその部屋へと入っていきました。 「え……?」 その時、うっすらと見えた玄関。 そこに、いくつも転がる小さな石ころが見えたのです。 「失礼します、通りますよ」 救急隊員が、担架に子どもを乗せて出てきました。 「え」 それを見て、私は言葉を失いました。 その子は、昨日の昼に見た、 あの数人の子どもたちのうちの一人だったのです。 おまけに、例の石のオブジェを壊してしまった、 大柄な少年でありました。 バタバタバタ…… 隊員たちは慌ただしく救急車を発車させ、 サイレンを鳴らしながら病院へと向かっていきました。 騒動が一段落したためか、アパートの住民たちはまばらに それぞれ解散していきます。 私はといえば、偶然とはいえ昨日見知った子どもの一人が 連れていかれたことがショックで、 少しの間、呆然とその場に佇んでいました。 「……帰ろう」 あの人影が原因なら、後日警察なりが調査に来るでしょう。 その時に昨夜のことを話せばいいと、 ドッと疲れ切った身体を引きずって自室へ戻ろうとした時です。 カツン。 「あれ?」 つま先に石ころがぶつかった感触。 おや、と足元を見回すも、何もそれらしきものはありません。 なんだったのだろう、と首を傾げた瞬間、 ぞわ、と全身に鳥肌が立ちました。 ――あの、強烈な視線。 恐ろしいほど冷たいそれが、 背後からジッと浴びせられているのです。 途端に動けなくなったこちらを 見定めるかのようなその視線。 悪意と憎悪のこもった、 グルグルと渦を巻いて襲い来るそれに、 私は、 (ごめんなさい、ごめんなさい!) 心のうちに浮かんだ謝罪をひたすら繰り返していました。 すると、フッ、と昨夜のように唐突に、 それは消え去ったのです。 「……なに、コレ」 妙な現象に、私はまだどこかピリピリするものを感じて、 自宅に飛び込んで一日布団をかぶって震えていました。 結局、その後。 あの家族は強盗に襲われた、 というウワサが町内では広まっていました。 男の子は軽い怪我で済んだものの、 どこか妙な言動が見られるようになったのだ、 というのは隣の部屋の女性がしきりに話していました。 なんでも、学校に行っても いつもキョロキョロと周囲を怯えた目で見まわして、 ささいな物音にも異常な恐怖を示していたのだとか。 そんな状態であったので、 どうにも普通に通学できる状態ではなく、 そう長くない間に、どこかの街へ引っ越していってしまったようです。 私はといえば、不気味な体験を二度もしたものの、 他の物件に引っ越すほどの資金の余裕があるわけでもなく、 未だにあのうちに住んでいます。 こうやって文章にすれば、 ただ、うちとあの男の子の家に強盗が来た、 ただそれだけのお話です。 でも、私には、 それだけではなかったように感じられるのです。 あの、妙な石ころのオブジェ。 結局あれ以降、見ることはありません。 あれを壊したから、あの少年に災いが訪れたのでしょうか? もしそうなら、 何もしていない私に、どうしてあんなことが起きたのでしょうか。 アパートの窓は、 もうずっと開けることができないままです。
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