首くくりの桜②

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首くくりの桜②

キキィーッ 「永島、お待たせー」 「いやー悪ぃ悪ぃ」 ブレーキ音を鳴らし、 岡と小板橋が、 そろって自転車で現れたのです。 「あ……お、おぉ」 「オイオイ、どうしたんだよ。寝てたのか?」 僕は恐怖を消化できず、 深夜ゆえにか妙にハイテンションの二人に しどろもどろで返事をしました。 「い、いや……別に」 「そーか? あ、こんばんはー」 と、岡がいつの間にやら 横を通った老婆にペコリとあいさつします。 「お、オイ」 「ん? なんだよ永島」 思わず袖をつかむも、 岡はきょとんとしています。 老婆は曲がった腰そのままに、 返事も返さず、 スーッと歩いて行ってしまいました。 「お前、見知らぬバアさんによく挨拶できるな……」 と、小板橋も感心したように腕を組んでいます。 「えー、どうってことないだろ。だってあのおばあちゃん、  ふつうに足あったし、幽霊じゃねぇだろ」 「……裸足だったけどな」 「裸足ィ? ……徘徊老人かなぁ」 二人がまったく怖がっていないコトに、 自分自身が気恥ずかしくなりつつ、 僕は固まっていた身体をほぐすように自転車に飛び乗りました。 「バアさんのことはおいといて……行くだろ、首くくり」 「おー、なんせメインだしな!」 「たまにさぁ、先客がいるらしんだよな……  雰囲気壊れるから、誰もいないといいんだけどなー」 などと、各自勝手なことをベラベラとしゃべりつつ、 僕たちは山のふもとにある、 例の児童公園に向けて自転車を漕ぎました。 「……おぉ」 先にたどり着いた小板橋が、 桜を見上げて感嘆の声を上げました。 ライトアップ用の照明の取りつけられたその大樹は、 赤々と輝く花びらを一斉に開かせて、 目の覚めるような荘厳さです。 形ばかりの”この木での自殺禁止”という薄ボケた看板が、 存在感もなく足元に突き刺さっていました。 「スゲェな……首くくり、っていうけど、めっちゃキレイ」 その風景画のような光景は、 夜の黒と花びらの赤とのコントラストで、 いっそう妖艶に映りました。 「なんか、怖いって感じしねぇよな……」 岡が、ひたすらに見惚れたように その木を見上げています。 たしかにこの光景を見ていると、 ”首くくりの桜”というその曰くそのものが、 この木を美しくたらしめているかのごとく、 奇妙な錯覚を覚えるのです。 そうして三人とも、 しばらくは時を忘れたかのように、 呆然とその舞い散る桜を見上げていました。 「……帰るか」 と、小板橋のこぼしたその一言に、 ハッと幻想から覚めて瞬きをしました。 すっかり見惚れていたのは岡も同じだったようで、 彼も目を覚ますようにフルフルと首を振っています。 「……なぁ」 置いておいた自転車に乗って、 帰る準備を整えていた時、 未だどこかボーっとした表情の岡が言いました。 「オレさぁ……死ぬなら、この桜んトコで死にてぇなぁ」 「……は?」 僕は唐突なその一言に、 ギョッとして岡を凝視しました。 「あー……わかるわぁ。この桜の下でさぁ、  風に吹かれて……いいよなぁ」 と、先に自転車にまたがっていた小板橋までも、 そんな風に同意の声を漏らすのです。 「お、オイオイ……二人とも、冗談だろ?」 僕は、この二人がふざけて そんなことを言っているのだろうと、 掠れる声を振り絞って笑いました。 しかし。 「は? 冗談じゃねぇって。  この木にさぁ、ぶらさがって……  花びらに包まれて……幸せだと思わないか?」 陶酔したように話す岡の表情は、 とても正気の者のそれではありません。 僕はゾッとして、 一歩二歩、 その場を後ずさりました。 「この木の一部になるんだぜ? いいよなぁ……  なんで今日、ロープ持ってこなかったのかなぁ……」 そして、小板橋までも狂ったコトを言いながら、 自転車から降りてふらふらと 桜の木に近寄っていくのです。 「おっ、オイ、バカ!」 僕は慌てて小板橋の肩に手を置きますが、 「邪魔すんなって。なぁ、岡も行くだろ?」 と、ぼんやりした表情のまま、 僕の手を払い落として岡の方を見つめるのです。 (やばい、なんか二人ともおかしい……!) 言動も、表情に至るまで、 いつもの二人とは違うのです。 僕は導かれるように桜に近づく二人を引き留めようと、 それぞれの腕をつかんだのですが、 考えられぬほどの力で、逆に僕が引きずられる始末です。 「おいっ……ふざけんなよ、  お前ら目ぇ覚ませっ……!」 蹴りつけてでも止めるか、 とズリズリと砂をまき散らしながら考えていたその時。 ペタペタペタ 「……あ?」 後ろから、足音。 まるでプールサイドを裸足で歩いているかのような、 どこか湿り気を感じる、あの。 ペタペタペタ その足音は、一定の間隔をあけて、 ゆっくりとこちらに近づいてきています。 僕の脳裏に浮かんだのは、 さきほどすれ違ったあの腰の曲がった裸足の老婆。 ずっと、 ついてきていた? そしてまさか――呪われた? 僕の脳内に、 くしゃくしゃの髪を振り乱して歩いてくる イヤな映像がグルグルと回ります。 前方には首くくりの桜。 後方には得体のしれぬ老婆。 極限までの恐怖と混乱で、 乾ききった唇から ガチガチと奥歯の合わさる音がこぼれます。 >>
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