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賢太郎はあの日、行為を最後まで出来なくても良いと思っていた。お互い初めてなのだから上手くいかないに決まっているし、賢太郎は健のことをみすみす離す気がなかったので、行為を完遂するのが数年後になったとしても一向に構わなかった。
そもそもこれから先、健に挿入することが出来なかったとしても、それはそれで良いと思っていた。二人で気持ち良くなれる方法は他にもたくさんある。寧ろ、他の方法から試していくべきだったのかも知れない。まずは二人で愉しむことが一番大事で、できないことはそれこそ時間をかけて慣れて解決していけば良い。二人には圧倒的に経験値が足りないのだから。
出来ないことを無理にやろうとする必要はないし、少しずつ積み重ねていけば良い、と賢太郎は考えていた。
けれど、その考えは全て間違っているかもしれない。
旅行に出かける数日前から、賢太郎には一つの懸念があった。それは、賢太郎と――更に誤解を恐れず言うならば、男と付き合うのは無理だと健が感じた可能性があるということ。
本人にしっかりと確認したわけではない。けれど、健に避けられてしばらく経ってから、賢太郎は気づいてしまった。キスもしない、触れられない今の状態は、二人が付き合う前の――友人だったときの状態と何ら変わりないことに。
健の望みが、賢太郎と『元に戻ること』だとしたら。
もしそうだとしたら、賢太郎にはそれを叶えることは出来ない。友人だったときには考えられないほど、たくさんの健の表情を知ってしまった。今更、何もなかった頃に戻れるわけがない。
健から離れなければならない……それを想像することすら賢太郎は嫌だった。
あんなに可愛い姿を見せておいて、あんなにキスしておいて。あんなに心を許したにも関わらず、そんな悲しいことになってしまうのならば、賢太郎は一生立ち直れないような気がした。……いいや、一生立ち直れるはずがない。
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