1940人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話
Side:H
俺には【彼氏】がいる。
しかも【超絶美形】という枕詞のつく彼氏だ。うちの大学ではぶっちぎりでトップを独走するイケメンと言っていい。初めてあいつを見た時は、モデルか俳優だとばかり思っていたくらいだ。
顔は神様が人一倍心を込めて造り上げたかのような美しさだし。手脚は長くて所作もきれいだし。声は色気に満ちたテノールで。
そんな容姿に恵まれた八神椎名は、見た目だけの男じゃない。ほんとに他の人より神様に愛されているんだろうな、と感じさせるほどの中身の持ち主でもある。成績はいいらしいし、性格もいいと聞く。今まで携帯のアプリをいくつも作ってヒットさせ、それを運営する会社まで立ち上げた。要するに学生でありながら経済的にも自立している。
何もかもが完璧で、並の人間など足下にも及ばないだろう。
強いて欠点を上げるとしたら――俺なんかのことを好きだと言ってはばからないところだろうか。
「一之瀬のことが、好きなんだ」
今までほとんど会話らしい会話をしたこともなければ、半径二メートル以内に近づくことすらほとんどなかった八神からそう告白されたのは、大学に入って一年半ほど経った頃だった。
「あ……えっと……ごめん。俺、そういう冗談に慣れてなくて」
そう返すしかないだろう、実際。
立っているだけでハイクラスの女が寄って来るような、ある意味究極生命体と言ってもいい八神だ。そんな男が普通を絵に描いたような俺みたいな人間に、しかも相当レベルが違うとは言え同じ身体構造を持つ男に愛の告白をするなんて……ないないないない。
これは冗談かいじめのどちらかだろ?
そんなことが頭の中をぐるぐると巡っていたのだが、ふと見ると、八神はその美貌に影を落としていた。
「冗談なんかじゃない……本気だよ。本気で一之瀬が好きなんだ。……あ、っと、ごめん、自己紹介してなかったな。俺、八神椎名って言うんだ。一之瀬とは同じ学科で、いくつか講義もかぶってるんだけど」
「いやいやいやいや、ちゃんと知ってますから、八神のこと。うちの学科で一番の有名人を知らないとかないから」
俺は両手を上げて説明した。こんな有名人を知らないだなんて言ったら、学科どころか学部の全女子に鼻で笑われるわ!
「あ……俺のこと、知っててくれたんだ。ありがとう、嬉しい」
「!」
なぁなぁ、みんな知ってる? 超絶イケメンがはにかむと超絶可愛いんだぜ? 俺はこの日初めて知ったわ。そんでもって、イケメンの可愛いところを見ると男でも心臓ばくばくいうんだぜ? それも初めて知った。
イケメンは何をしてもイケメンなんだわなー。イケメンって得よねー。あぁ、イケメンがゲシュタルト崩壊起こしそうだぜまったく。
「? 一之瀬、どうした?」
「あー……いや。むしろ八神が俺のことを知ってたというのが意外で。俺たち、ほとんど話したことなかったよな?」
首筋をぽりぽりと掻きながら、疑問に思ったことを素直に口に出す。講義で一緒になった時に消しゴム落としたのを拾ってやったりだとか、そのレベルの接触しかしたことはなかったはずだ。
八神と俺の間に、好きになってもらうほどのコミュニケーションなんてあるはずもない。
「うん。でも俺はずっと一之瀬のこと見てた。可愛いな、と思って」
ん?
可愛い?
皆さんお聞きになって? この人、俺のこと『可愛い』っておっしゃいましたよ?
実は俺は幼い頃からよく女の子に間違えられるほど可愛らしく、両親も女の子の格好をさせて育ててきた。中高生の頃は学校内外の男子から呼び出されては告白され。文化祭の劇では女子を差し置いて白雪姫に抜擢され、クラスメイトにメイクを施されながら「一之瀬ってば男のくせに肌きれいでムカつくし、化粧映えしすぎ~!」と嫉妬されて……。
――などという人生を送ってきたわけじゃ、決してないからね? 俺は。
そりゃあね、背は一七〇くらいで男子としては大きい方ではないけど特別小さくもないし。普通に男として育って、女の子に恋して……彼女は一度いたことあるけど、キスだけで別れたから未だに童貞だ。顔だって良くも悪くもふつー。超ふつー。不細工……ではないと思うがあくまで十人並み。どちらかと言えばインドア派だから色は白い方かもだけどつるつるではない。男としてあるべき体毛は一通り生えておるのだ。
「八神……おまえは多分、脳神経外科か眼科に行った方がいいわ」
「どうして!? 一之瀬は可愛いよ!」
身を乗り出して力説する八神だが、説得力ねぇ……。
「俺のこと可愛く見えるとしたら、視覚障害か何かを患ってるとしか……」
「悪いけど、目はいい方なんだ。視力は一.五だし、脳にも異常はないよ」
そう言って破壊力抜群の笑顔で俺を見つめてくるから。
「そ、そか……」
反論出来なかったぜ……。しかし俺のこと可愛いと思ってるとか、かなり偏った美意識の持ち主だな。
面白ぇ……。
「一之瀬、いきなり男から告白されて気持ち悪いと思っているかも知れないけど。冗談でも嘘でもない、俺の本心なんだ。それだけは否定しないでほしい。今すぐ返事が欲しいとは言わない。考えてみ――」
「いいよ」
「……え?」
俺の即答をどうやら理解出来ていないようだ。八神は目を瞬かせて首を傾げた。
「俺……意外だけど、今告られて全然嫌悪感とかなくて。むしろ嬉しいな、って思っちゃった。だからいいよ、つきあお。俺、男とつきあったことないけど」
そうなんだ。男から告白されたというのに、不思議なことに俺の中には不快感なんて微塵も存在していない。むしろこんなイケメンが俺を好きだなんて……と、歓喜に湧く自分がいて。
やっぱりイケメンって得だわよー。
「いいの?」
「ん。よろしくな? 八神」
「や……った……ありがとう。大切にするから、一之瀬のこと」
その時の本当に嬉しそうな表情は、今でも目に焼きついている。
最初のコメントを投稿しよう!