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第13話
俺たちはもう新婚さんと呼んでも差し支えないな。それだけ、ラブラブな毎日を送っていた。週に何度もデートデートデート! そしてキス! ハグ! あぁ幸せだ。幸せすぎて神様が嫉妬するんじゃないだろうかと心配になるほどだ。
毎日毎日一之瀬が眩しくて仕方がない。こんなにキラキラしてて他のやつに目をつけられたりしないだろうか。つけられても渡さないけどな。
初めてキスをしてから一ヶ月。俺の部屋で過ごしていると、どちらからともなくセックスの流れになった。一之瀬がシャワーを浴びている間、何だか落ち着かず、枕を整えてみたりローションやゴムの位置を微調整してみたり部屋の間接照明を磨いてみたり、忙しない動きを繰り返していた――って、俺は童貞か。シャワーの音を聞いてるだけで興奮する。やべぇ……鼻血で失血死するかも知れない可能性を危惧すべきか。
「八神……シャワーありがとな」
おずおずと部屋に入って来た一之瀬の不安に満ちた顔を見て、俺ははたと思った。この瞬間まで俺は普通に一之瀬を抱くことしか想定していなかったのだが、もしかしたら一之瀬は下になることに恐怖心を抱いているのではないかと。
その天使のような笑顔が恐怖や痛みで歪んでしまうくらいなら、俺が抱かれてもいい。一之瀬と繋がれるなら、上とか下とかどうでもいい。俺が突っ込まれたって構わない。
素直にそう思ったので、選択権を一之瀬に託した。
すると意外にも一之瀬はあっさりと、
「俺が下になるよ。八神が俺を抱けるなら」
と言ってくれた。え、抱けるかって? むしろ土下座でお願いしたいくらいだけど。
俺は男を抱くのは初めてだったが、童貞ではないので一之瀬をリードしてあげられると思っていた。俺がセックスの主導権を握って優しくも激しく、官能に満ちたひとときを一之瀬に贈ってあげられると思い込んでいたんだ。
今までの俺の中のセックス感がぐるんと一八〇度変わることにも気づかずに。
「椎名ぁ、明日映画行かない? 俺観たいのあるんだ」
陽向が後ろから俺の腕にしがみついてきた。俺はさりげなくその腕を外す。
「ごめん、陽向……明日用事あって、さ」
「なーんだ、そっか。じゃあ来週行こ?」
「う、うん……」
歯切れの悪い返事に釈然としなかったのか、陽向が俺の顔を覗き込む。
「椎名どした? 具合でも悪い?」
「な、何でもないよ。ちょっと疲れてるのかも」
俺は慌てて顔を逸らし、言い訳がましく答えた。
陽向の顔を見られない。これは一体どういうことなのか。
初めてセックスをした日から、俺たちは名前で呼び合うようになった――のはいい。問題はそれ以外だ。
陽向との初めての夜はそれはそれは最高だった。あれをセックスと呼ぶなら、今まで俺がしてきたことは多分他人を使ったオナニーの一種とかだったんだろう。それくらい違っていた。
とにかく陽向が可愛くて可愛くて可愛くて(以下略)――俺としたことが恋人の身体に夢中になるわ、がっつくわ、我を忘れるわで、陽向の可愛らしい声が枯れるほど貪り尽くしてしまった。
ともあれ、素晴らしいのひとことに尽きる夜だった。少なくとも俺にとっては。
しかし。
それ以来、陽向にまつわるどれを見てもあの日のセックスを思い出して勃ってしまうという、何とも情けない事態に陥っていた。
まずは瞳――元々この目に弱いというのに、見てしまうとセックスした時のうるうるぱちぱちの可愛らしい眼差しを思い出して勃つ。
それからくちびる――そこから聞こえる喘ぎ声……最っ高だった! ……で、勃つ。
俺に触れてくる手――穿たれながら必死に俺にしがみついてくる感触を思い出してしまって勃つ。
電話なんてかかってきてみろ――耳元で可愛らしく喋られたらもう即完勃ちだから。
俺は一体どうしてしまったんだ病気か? 陽向病なのか?
しかも日に日に酷くなっていく。陽向と一緒に歩いていられない。隣にいるだけで押し倒したくなる衝動を抑えるのに必死だ。
これは……ダメだヤバイいかん。
少し陽向から離れて頭を冷やすしかない。がっつきすぎて嫌われてしまったら元も子もねぇよ。嫌われるのだけは嫌だ……!
【しばらく忙しくなるから会えない】
非常に不本意ながら、こういうメッセージを送らざるを得なかった。その後電話がかかってきても出られず、メッセージだけのやりとりをしばらくしていた。そのメッセージでさえ、あまり好き好きオーラを出すと我慢出来なくなるので、業務連絡のようなそっけない文面しか送れなかった。
陽向欠乏症に陥りそうだが、仕方がない。我慢だ椎名。耐えろ椎名。この節操のない下半身が言うことを聞くようになるまでは、陽向を我慢するんだ。
この判断ミスが陽向を泣かせることになるとは、馬鹿な俺は気づかなかったんだ。
「あはははははは! バッカね~! 童貞か!」
たまたま大学の中庭でばったり会った明日華に、陽向としばらく会っていないことを話したら大笑いされた。
「笑うんじゃねぇよクソが」
自分でも前に同じツッコミを入れたが、明日華に言われるとクッソ腹立つ。
「だぁって! ひぃくんとエッチしたらもうそれしか考えられなくなってのべつ幕なし勃っちゃうとか! バカだけどオイシイ! さすがヘタレ美形攻め。渾身のネタ提供ありがとう! 新刊に使わせてもらうわ」
明日華の本性を知らない男どもがこの会話を聞いたら、どえらいショックを受けるだろうな。真っ昼間から大笑いしながら【童貞】だとか【勃つ】だとか叫んでるんだからな。
「身内をネタにすんじゃねぇよ」
「いいじゃな~い。別に【モデル・八神椎名】って載せるわけじゃないんだし~」
ニヤニヤしながら俺の腕に絡みついてくる明日華。マジうっとうしい。
「使用料徴収してやっかんな」
「何よ~、アプリで稼いでるくせにケチなんだから~」
「俺が稼いだ金は俺と陽向のためにしか使わねぇんだよ」
「あ、ねぇねぇ、あれひぃくんじゃない? やだちょっと、泣いてるよ? 椎名がいきなり突き放したりするから泣いてるんじゃない? ……え、ちょっともしかして私、浮気相手と勘違いされてたりするんじゃない? やだ、私ときたら腐女子の風上にもおけないことしちゃった不覚! 早く行って誤解といてきなさいよ椎名!」
明日華が俺の背中をどん、と押した。
少し離れた場所に、陽向が立っていた。隣には友達の上原がいて、陽向はいきなり上原の肩口に顔を埋めた。
「っ、」
心臓がずきりと音を立て、それから頭に血が上る。俺以外の男に何してんだよ陽向。
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