第14話

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第14話

 上原が陽向の頭を撫でて。  陽向は上原の鼻を摘んで。  上原が陽向の首にチョークスリーパーをかける。  どうして俺の陽向に触る? どうして俺以外の男に触る?  カッとなって駆け寄り、陽向を引き剥がす。 「何、上原とべたべたしてんの?」  驚く陽向に非難めいた言葉を投げてしまう。そんな俺を、上原がこれでもかと責め立てた。  俺が陽向を放ったらかしにして女といちゃついていると。  そんなことしていない。俺は、俺はただ……陽向に嫌われたくなくて。  陽向を見ると、頬に涙の跡が残っていた。そして決定的なひとことが、そのくちびるから放たれた。 「女の方がよくなったんなら、その方がいい。それが正常だよ……別れよ、しい……八神」  決別の言葉を残して、すぐに陽向は踵を返した。  俺は放心してしまって、少しの間動けずにいた。 「あーあ、行っちまった。ったく、おまえ陽向泣かしてんじゃねぇよバァカ! 他に女作るならちゃんとけじめつけてからにしろっつんだよ」 「……別れるつもりなんてないし、浮気もしてない」 「陽向のことずっと避けてたくせに? 自然消滅しようとか企んでたんじゃねぇの? 性格悪すぎぃ」 「性格悪いのは認める。けど、俺には陽向だけだし、これからも陽向としかつきあわない。……自然消滅なんてさせないし、絶対別れない」  俺の表情に本気を読み取ったのか、上原が盛大にため息を吐き出した。 「……なら早く追いかけろ、バカ八神」  その言葉に駆り立てられるように、俺は走り出した。  言葉が足りなかったせいで、陽向を泣かせてしまった。俺は――大バカだ。  こんなにも、どうしようもなく愛してるのに。もう陽向以外には一ミリも心が動かないのに。  陽向――頼むから陽向、まだ俺のことを少しでも好きでいてくれてますように。土下座でも何でもするから、俺を許してくれますように。  陽向が飛び込んだ校舎脇に向かう。人などいるはずもないそこには、しゃがみこんで小さくなった陽向が頭を掻きむしっていた。 「陽向……!」  すぐ側に立って声をかける。少しして、陽向が立ち上がる。振り返ったその目は――今まで見たこともない冷然さを湛えていた。 「何? もう別れたんだから追いかけて来ないでくれる? キモイんだけど」  心臓に矢尻を打ち込まれたような気がした。陽向が俺にそんな言葉を放つなんて。胸が痛くてたまらない。  だけど――その冷たい眼差しの奥が揺れているのを見てしまった。必死に冷たさを保とうとしてるのが分かって切なくなる。  あぁ……俺の大事な陽向に、こんな悲しい目をさせてしまった。こんな酷い言葉を言わせてしまった。死ねよ俺もう――いや、死んだらもう陽向に会えなくなる。それは嫌だ。  俺は思わず陽向の腕を掴んだ。ここで何かしないときっと逃げられてしまう。 「離せ。俺に触るな」  冷えた口調で俺の手を振りほどこうとする陽向。俺は絶対離すまいと力を入れる。 「嫌だ……絶対離さない……別れない。愛してるんだ、陽向」 「はっ……今さら何だよ。白々しいんだよ……八神」 「八神なんてよそよそしい呼び方しないで、陽向」 「は? よそよそしくし始めたのはおまえからだろ? 俺とセックスして後悔したくせに。やっぱり女の方がいい、って思ったんだろ?」 「違う!」  陽向が言葉を発する度に心臓の痛みが強くなる。詰るようなその言葉は確かに俺に向けられてはいるけれど、実際傷ついているのは間違いなく陽向自身だ。俺のせいで陽向は自分を傷つけている。陽向が傷つくと俺も痛い。 「じゃあどうして、俺に触らなくなった? 誘いを断り続けた? しばらく会わないなんて言い出した? 納得出来る理由、説明出来るのか?」  目に涙をいっぱい溜めて、今にも溢れ出しそうだ。  さっきの冷え切った眼差しと違い、今度は今にも炎を上げそうな熱を燻らせている。  俺のことを好きだからこその温度の高さだというのがよく分かった。  心臓がびりびりと痺れている。全身が震えて総毛立つ。  ごめん、陽向。  今俺、責められているのに――嬉しくて、愛おしくてたまらないんだ。二度とその瞳を曇らせたりしないと誓うから。今だけ、この踊る心を許してほしい。 「……っ、」  膨らみ続ける想いを持て余した俺は、陽向を抱きしめてくちびるを重ねた。すぐさま舌をねじこみ、口の中を余すところなく舐め尽くす。  陽向がたった今口にした俺に対する責め句を、俺のせいで味わった苦しみを、すべて俺に明け渡せ――という意味を込めた。  あぁヤバイ……気持ちいい……キスだけでこんなに気持ちいいなんて。  思わず高揚して陽向の首筋に触れてしまう。耳の後ろが相当弱いらしく、初めて抱いた時にそこを舐めたらアンアン声を上げてくれて可愛すぎて死ぬかと思った。  今もそこに触れたら「んん……っ」なんて声を漏らして脚をふらふらさせ始めた。どうやら立っていられないようだ。背中を手で支えてやってぐっと引き寄せる。  っ、陽向ぁ……勃ってるし……可愛いなぁ。俺もだけど。  好きだ陽向。愛してる。陽向が目の前にいると自分が抑えられない。俺がいつも頭の中で何を考えているか、すべて伝えたら引いてしまうだろうか。  くちづけを終えた後、素直に自分の気持ちを吐露した。  今まで何度もセックスをしたけれど、こんなにも自分の内面に食い込んできた相手は今までいなかったこと。陽向を目の前にすると理性が吹き飛んでしまうこと。陽向だけが俺を狂わせるということ。  最後に、陽向に嫌われるのが何よりつらいということを絞り出した俺は……涙を流していた。  そんな俺の胸の中に陽向は飛び込んでくれた。  俺を嫌うことなどないと。離れないでいてくれると。  ありがとう陽向。こんな俺を好きになってくれて。
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