第2話

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第2話

 とまぁ、こんな経緯でつきあい始めたわけだが。  有言実行――と言うべきなのか。八神は本当に俺のことを大切にしてくれている。それはもう、俺をお姫様か何かと勘違いしているんじゃないか、ってくらいに。 「一之瀬」  俺の名を呼ぶ八神の声は色気に満ちている。その笑顔は眩しくて直視出来ないレベルで美しい。横に並ぶといい匂いするし。  十五センチ上から俺を見つめる目にはすごく優しい光を宿している。  こんな風に扱われたら、女の子なんてひとたまりもないだろう。 「一之瀬、明日スケート行かない?」 「ん、いいよ。俺スケート行ったことないんだけど、教えてくれる?」 「もちろん。俺でよければ」 「よかった。八神に教わったら上手くなれそう」  笑ってそう言うと、八神が俺のほっぺたをむにっと摘んだ。 「あまり可愛い顔しないで、一之瀬。他のやつが見るから」 「……っ」  こんなやりとりが日常茶飯事なんだぜ?  八神は多分、魔女に【俺が美少女に見える呪い】をかけられているに違いない、うん。だって、自分で鏡を見ても可愛いの【か】の字も浮かんで来ないから。ほんと、俺のどこが好きなんだろうな?  スケートの後、どうして俺のことが好きになったのか聞いてみた。 「一番初めに気になったのは、大学の食堂で近くに座った日だったかな。やたら旨そうにご飯食べてるなぁって思って。その時の顔が可愛くて、それで一目惚れしたんだ」 「へ、へぇ……」  確かにいつも友達から「ほんと旨そうに食うな、おまえは」って言われるけど! だってうちの大学の学食、やたら味に力を入れているせいかそこらの定食屋より美味いんだよ? そりゃそんな顔にもなるわ、って話。  だからってそれで一目惚れするとかないだろう……やっぱ八神の目はおかしい。 「それから講義とかで一緒になるたびに一之瀬のことを見てたんだけど、その内見てるだけじゃ我慢出来なくなって告白したんだ」  俺の顔のどこに惚れたらこんな表情出来るの? と小一時間問い詰めたいくらい、とろとろに蕩けた顔をしているから。 (ほんとに俺のこと好きでいてくれてるんだ)  この時、初めて実感したんだ。  それから何度かデートして。やっぱり八神はめっちゃ優しくて。その度に俺好き好きオーラを全開にしてくるものだから、ついそれにあてられた俺は……。  あぁそうだよ! ものの見事に堕ちちゃったんだよ!  俺としたことが、本気で男を好きになってしまうとは不覚にもほどがある。でもしょうがないよな。あんな美形にあれだけ好き好きべたべたされてたら、正直かなわねぇよ。  ある日、たまたま二人とも午後休講になったので、一緒に動物園に行った時のことだ。まぁ俺が行きたいと言ったんだけど。 「マックス~!」  俺は水槽に駆け寄り張りついた。そこには悠々と泳ぐ白い巨体――シロクマことホッキョクグマだ。動物園に来るとついついグッズを買ってしまうくらいにはシロクマが好きだ。俺の部屋はシロクマグッズで溢れている。  あ、ちなみにマックスというのは、このシロクマの名前な。何度も来てるから覚えちゃってる俺。 「シロクマって可愛いよなー。俺シロクマ好きなんだー」  上機嫌な俺が水槽の前でそう言うと、 「一之瀬の方が可愛い」  なんて臆面もなく言い放つんだ、八神が。そして、 「……一之瀬が好きだ」  横に並び、俺の手を遠慮がちにきゅ、と握ってきた。俺は慌てて辺りを見回して。誰もいないのを確認してからその手を握り返し、 「……俺も」  ぼそりと応えた。 「……え?」  目を見張って俺の顔を覗き込む八神。俺はその顔を見て、 「俺も、八神のこと、好きだ」  さっきよりも少し大きな声でもう一度言った。照れ隠しでへへ、と笑ったけど不細工になってねーかな。 「……マジで?」 「うん」 「は……ヤバイ……すげぇ嬉しい」  俺の手を握る八神のそれが震えているのが分かった。俺はさらに照れくさくなり水槽を凝視していた。でも大好きなはずのシロクマが全然目に入らなくて、心臓の音だけがやたら耳についた。少しして目の前が暗くなり――くちびるに温かい感触を覚えたのはすぐ後だった。  くちびるが離れた後、八神は俺を見てまた「可愛い」と一言漏らし顔を逸らしてしまった。けれど、耳が真っ赤になっているのが見えた。  こういうことを何度もしてきてるだろう八神が、こんな風に震えたり照れたりしている姿を見せるなんて思わなくて。  つられて俺も赤くなってしまったのは仕方のないことだろ?
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