第3話

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第3話

 それからはもう、俺は八神にメロメロで。  八神が俺に甘い言葉をかけてくれる度に、にやけるのを抑えるのが大変だった。二人でいろんなところに行って、いろんなところで手をつないで。いろんなところでキスをして、抱きしめてもらった。  初めてキスをしてから一ヶ月ほど後、俺たちは初めてセックスをした。てっきり八神は俺を抱く前提でつきあっているものとばかり思っていたけれど、八神は上になるか下になるかの選択を俺に託してくれた。 「一之瀬に怖い思いとか痛い思いさせるくらいなら、俺が下になったっていいんだ」  ベッドの上で優しい笑顔でもってそう言われた時、あぁこいつには絶対かなわない、って。 「俺が下になるよ。八神が俺を抱けるなら」  俺が迷うことなく下を選んだのは、何となく八神のイメージみたいなものを壊したくない、って思ったせいもある。だって想像出来るか? 八神が俺に抱かれてアンアン言ってる姿が。それに八神を抱いて満足させられる自信なんて俺にはなかったし。  ともかく、俺は腹をくくったんだ。  抱かれるのがまったく怖くなかったと言ったら嘘になるけど、でも八神はすごく優しかった。頭の先からつま先まで余すところなく愛してくれた。  多分、初めて下の名前を呼ばれた時のことは一生忘れない。 「力抜いてて……陽向(ひなた)」  手や舌で何度もイカされてもうどろどろになってるというのに、挿入(いれ)られる直前、吐息混じりの少し掠れた声でそう耳打ちされ、それだけでまたイキそうになった。  結局俺は声が枯れるまで喘ぎ声を上げ続け、八神――椎名は、終始俺に「陽向、可愛い」「陽向、好きだ」と囁き続けた。  次の日、身体のあちこちが痛くて起きあがれない俺を、椎名は甲斐甲斐しく面倒見てくれた。椎名は見たこともないくらい上機嫌で、俺の世話をしていた。  今までで一番幸せを感じた時だった。  だけど。 「あー……ごめんね、今日友達から飲み会に誘われてて。夜連絡するよ」  初めて繋がった後から、椎名の様子がおかしくなった。今まで散々俺にべたべたしていたのが、どこかぎこちなくなりくっつかなくなった。  あれ以来、出かけたりはするもののそういう雰囲気にはならず……というより、椎名がわざと回避していたように思う。会話の流れで甘い雰囲気になったとしても、その後強引に話を逸らそうとしていたのが手に取るように分かった。  それから少しして、手を繋ぐことすらなくなった。一度繋ごうとしたら「ちょっと今はごめん」と、やんわり拒否された。  その内、遊びに誘っても前述のような理由をつけて断られ、しまいには、 【しばらく忙しくなるから会えないんだ。ごめん】  とメッセージまで来やがった。大学の講義でも離れた席に座るし、ばったり会っても軽く挨拶するだけ。  これだけのことをされて、  俺のこと、避けてる?  そう思わないわけがない。  電話をしてみたけど忙しいのか出てもらえず、 【ごめん、出られなくて。何か用だった?】  何時間も経ってからメッセージで返って来るだけ。椎名からもメッセージは来るけど、以前のような熱烈な内容ではなくなった。  これって、完全に避けられてるよな?  メッセージで問い詰めてみようかとも思ったけど、答えを聞くのが怖くて出来なかった。もし、最悪な答えが返って来たら……。それを考えたくなくて、わざと解決を先延ばしにした。  こうなるまでは椎名と話さなかった日は一日たりともなかったし、ほぼ毎日顔を合わせていたので、それがなくなってしまった今、俺の心は穴が空いたような虚無感に襲われていた。  あれだけ大好きだった学食のご飯も、何だか味気なくなってしまった。時々椎名と学食で一緒になるけれど、遠くで友達と談笑するあいつをちら見ながら食べるご飯は全然美味しくないんだ。  どうしてこうなっちゃったんだろう――実は思い当たる節がないわけじゃない。だけどそれは、俺にはどうすることも出来ないことだ。あいつだってそれを分かってて俺に告白したんじゃなかったのか?  何だか釈然としないまま日々を過ごし十日ほど経ったある日、学食に向かって外を歩いていると、前から椎名が歩いて来た。  一人じゃなかった。  椎名はめちゃくちゃきれいな女の子と一緒に歩いていた。確か去年の学園祭のミスコンで優勝した一つ先輩の女子だ。その人は満面の笑みで椎名をべたべたと触っていたけれど、あいつは拒否することなくされるがままでいた。  端から見たらお似合いの二人だと言われるであろう、違和感のない組み合わせだった。確か以前、二人はつきあっていると噂にもなっていた。  俺とは並んで歩いてもくれないくせに、彼女には腕に絡まれても構わないんだな。  これはもう、決定的な場面に遭遇してしまったと言っていいよな。うっすらと思っていたことが、確信に変わってしまった。  椎名は……俺と自然消滅するのを狙っているんだ。  仕方がないよなぁ。俺みたいな平凡な男よりも、きれいでスタイルのいい女の子とつきあう方がいいに決まってるもん。椎名くらいハイスペックな男なら、モデルとか女優レベルの女の子でも選び放題だし。それどころか二股三股しても「八神椎名ならまぁしょうがない」で許されてしまうだろう。  何度も言うけど、それだけ椎名はいい男すぎるんだ。顔も中身も完璧すぎるんだ。  あいつは俺を抱いたことで正気に戻ってしまったんだろう。男を抱いたことを黒歴史だと認識してしまったに違いない。  薄っぺらい胸板しかない筋張った男なんかより、胸の膨らみがあって柔らかい身体を抱く方が何倍も気持ちいいに決まってる。ローションとか使って前戯に余計な手間をかけなきゃいけない男よりも、本来受け入れるように出来ている女の子の方が挿入るのも楽だろうし。  ――俺だって、もし自分が実際抱くなら男より女の子を選ぶよ。残念ながらそんな機会は今のところないけど。
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