第5話

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第5話

 椎名の手が俺の首筋から耳の裏に上がって来た。 「んん……っ」  身体が妙な痺れを伴って震えてくる。椎名はそのまま耳の後ろで指先を往復させる。  そこが超弱いと分かっててこいつは……!  立っていられなくなっている俺を支えているのは、椎名の腕だ。片方は俺の腰周りに、もう片方は未だに俺の性感帯をなぞり続けている。やめてくれ、耳の後ろはマジでヤバイ。腰が砕ける。  どれくらいの時間が経っただろうか。俺の中心はとっくに勃ってるし、何なら先走りで下着が濡れてるかも知れない、ってくらいにはキスが続いていた。  っていうか! 俺のこ、腰に……椎名も勃ってんじゃねぇかよ……! 昼間っから盛ってんなよ……! 俺も人のこと言えないけど!  最後に、ちゅ……と音を立てて離れた椎名は笑っていた――だけど、それは痛みや苦しさを伴った歪んだ笑顔だった。その顔を見ていたら、何だか俺までつらくなった。 「陽向がそばにいると、すぐこういうことをしたくなる。好きすぎて……自分を抑えられないんだ」 「……は?」 「あの日セックスしてから、陽向の何を見てもあの日のことを思い出して、自制が効かない。目を見たら、気持ちよさそうにしてた時の濡れた目を思い出すし、手を触ったら俺にしがみついた感触を思い出す。口元を見たら喘いでいる声を思い出す。  電話なんかして耳元で喋られたら、それだけで勃ってしまうくらいだし、メッセージだって思ったこと全部書いてたらどうしても会いたくなる。会ったら絶対襲ってしまう自信があった。今も……涙目で俺を睨む顔が可愛すぎて思わずキスしちゃって……」  口元を手で覆い隠しながら、もの悲しささえ孕んだ言葉を椎名が吐き出す。あまりに痛々しくて、思わず心配になってしまうほどだ。  椎名は今まで何人もの女の子と関係を持ったことがあったそうだ。でもそれは全部向こうから告白され、結果的にセックスに至ったらしい。もちろん溜まった欲を吐き出す行為はそれなりに気持ちがよかったので、誘われればしていた。だけどみんなが言うほど、セックスがしたくてしたくてたまらないという状態には一度たりともなったことがなかったそうだ。  何て贅沢な不満だこのやろう。 「でも陽向としたセックスは全然違ってた。今まで俺がしてた行為は一体何だったんだろう、ってくらい。夢中になりすぎて箍が外れるってこういうことだ、って思ったんだ」  確かに俺とした時、椎名は途中から我を忘れたように俺を穿っていた。まさに【貪る】という言葉が当てはまるほどだ。コンドームを一箱消費するんじゃないかという勢いで俺を抱き続けていた。 「感情が伴うセックスがこんなにも気持ちいいものだとは思わなかった。陽向といると、理性が言うことを聞いてくれない。陽向に近づいたり触られたりすると頭の中が焼き切れそうになって自分が何をするか分からないから、しばらく離れて頭を冷やそうと思ったんだ」 「へぇ……緑川(みどりかわ)さんみたいな女の子にはべたべた触らせてるのに?」  ごめん、これはただのヤキモチだ。嫉妬だ。ちなみに緑川さんというのは、さっき椎名が一緒に歩いていたミスコン優勝者の彼女だ。 「そんなの、そこらの子供に触られてるのと変わらないよ。何とも思わないから何も言わないだけ。あとあいつは俺の従姉だから恋愛感情なんてまったくない。  俺の感情を揺さぶるのは陽向だけなんだ。陽向だけを愛してる。だから……」  そう吐き出した後、椎名は大きく息を吸い込み、 「酷いことをしてしまって、嫌われたく、ない……。陽向に嫌われたら俺は……」  そう言った椎名の瞳から、一筋涙が雫れた。そのきれいな涙に胸がちりりと痛む。ぽとりと地面に落ちたそれを見て、俺は思わず椎名の胸に飛び込んだ。 「ちょっ……ひ、なた……っ」  慌てながら俺を引き剥がそうとする椎名に抵抗し、俺はぎゅっとその胸にしがみついた。 「嫌ったりしない!」 「陽向……」 「嫌ったりなんかしないよ。……もし、椎名が人前でエロイこととかしようとしたら俺は怒ると思う。だけどそれは恥ずかしいからだ。そんなことで椎名を嫌いになるとかないから。それに二人きりの時なら、何してもいいよ。俺……椎名になら何をされてもいい」  ――椎名のことが好きだから。  そう最後に呟くと、椎名は俺を抱きしめた。 「陽向……好きだ。本当に好きだ。頼むから、俺から離れて行かないで」 「ん……離れてなんかやんない」  震えている椎名を安心させるように、背中に回している手に力を込めた。 「ありがとう、陽向」  そう言って見せた涙混じりの満面の笑みがあまりにきれいで――泣き顔までイケメンなんてずるい、って思った。 「陽向……泣かせてごめん。ほんとにごめん」 「もういいから。椎名、おまえは顔もいいし何でも出来るし完璧なやつだと思ってたけど、意外なところで不器用だったんだなぁ。……俺は、そういう椎名の方が好きだよ?」  何だかちょっと得意になってしまった俺は、にこにこと笑いながら、俺よりも高いところにある頭をよしよしと撫でる。 「陽向……あんまりそんな風に俺に触らないで」 「ん?」 「そうされてる今も、陽向を抱きたくてたまらないんだ。好きだ陽向」  そういやさっき思い切り盛ってたよなぁ……って、おい! 腰を押しつけてくんなっ。 「ちょっ……まだ勃ってんのかよっ」  俺はちゃんと落ち着いたというのに! 「言ったろ? 陽向といると自制が効かない、って」  椎名がうっとりしながら俺の身体を撫で回したり、頭にキスをしたり……あーもー、空気が完全に甘ったるくなってんじゃねぇかよ!  はぁ……しゃあない。講義をサボるのは俺の主義じゃなかったけど。 「椎名んち、行こっか?」  ちらりと椎名の顔を見上げる。みるみる内にその目が輝き、 「行く!」  首が取れそうな勢いで何度も頷いた。そして椎名は俺の手をがっつり掴んで大学構内を出口に向かってずんずん進み始めた。
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