第9話

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第9話

「陽向……俺よりシロクマの方が好きなんだ……」  椎名が見るからにしょぼーんとしている。笑ったり拗ねたり落ち込んだり、忙しいやつだな……。でも可愛いな。 「椎名……」 「所詮俺はシロクマには勝てない男なんだな」  いやいやいやいや、シロクマに勝てる人間なんていないだろ。地上最大の肉食動物だぞ? ……って、そういう意味じゃないことはちゃんと分かってるぞ。 「椎名、そんなことないよ。シロクマより椎名の方が大事だし好きだから」  俯く椎名の背中を擦り、顔を覗き込む。 「マジで?」 「マジだ」 「じゃあ、陽向からキスしてくれる?」  顔を上げた椎名の瞳に、瞬く間に光が戻る。期待に満ちた眼差しだ。 「分かった」  目を閉じて軽くくちびるを尖らせている椎名に、俺はちゅ、とキスをした――と同時に、椎名が俺をホールドし舌を入れてきた。  こ い つ は !! 「んんっ、んー!」  口の中を散々弄ばれ息が上がりかけた頃、やっと解放された。 「椎名のバカ……」  ぐったりとした俺に椎名がシャツを着せる。そういえば俺まだ全裸だった。恥ずかしい。しかもこれ椎名の服だろ……まぁいっか。  されるがままになっていた俺を、椎名がいきなり抱き上げた。 「陽向、歩けないよね? リビングのソファまで抱いてくから、一緒にDVD観よう」  そう言って俺を軽々運んで行った。俺普通に体重あるのによく運べるなぁ。  椎名んちのリビングは広い。ファミリー用だからだけど、そこに四十六型のテレビが置いてある。すげぇ。  俺をソファに下ろすと、椎名はリビングのキャビネットの引き出しから何かを取り出し、俺の前に跪いた。 「これがシロクマのDVD。で、これを観る前にちょっと時間くれる?」  頷いてから首を傾げると、椎名は俺の手を取ってそこに何か乗せた。  シロクマのキーホルダーがついた鍵だった。 「鍵? つかこのキーホルダー超可愛くない?」  こんなのあるの初めて見たぞ。 「食いつくのそこ!? やっぱシロクマには勝てない……」  落ち込む椎名に慌てて手を伸ばして肩を叩く。 「ごめんごめん。で、この鍵何?」 「ここの合鍵」 「俺にくれるの?」  手の平の鍵をまじまじと見る。新品のディンプルキーだ。俺んちの古い鍵とは違うなぁ。 「うん。それで、お願いがあるんだ」 「何?」 「陽向、俺と一緒に暮らしてくれない? ここで」 「俺と椎名が?」  思いがけない申し出に、目を見開く。実は俺の家は大学からすごく遠くて、飲み会では終電を逃すことが多い。その度に友達が泊めてくれたりするけれど、さすがに最近は申し訳ないと思い一人暮らしを考えてはいた。  だから正直、この申し出は渡りに船だと言えるけど。 「幸い部屋は空いてるから、陽向の部屋は確保出来る。実はいつでも寝泊まり出来るよう、もうインテリアは揃えてあるんだ。机とか椅子とか。クローゼットも空にしてあるし」 「椎名……俺と一緒に暮らしたい、って思ってくれてるんだ?」  デートの帰り、いつも離れがたく思っているのは俺だけじゃなかったんだと、嬉しく思う。一緒に暮らそうって言ってくれるということは、そういうことだよな? 「当たり前だよ。俺としては二十四時間一緒にいたいくらいだ。ちなみに陽向用の部屋、ベッドは置いてないから。寝る時はいつも俺と一緒だからね。あ、パジャマも何着か買ってあるよ。……着ることあるかなぁ、って思ったけど念のためね」  ちょっ、『着ることあるかなぁ』ってどういう意味だ。恐ろしい。 「……」 「俺と暮らすの……嫌?」 「嫌じゃないよ。俺も椎名と一緒にいたい。ただ、一つだけお願いがある」 「ん? 何?」 「セックスは次の日が休みの時だけ、って約束してくれたら一緒に暮らしてもいい」  鍵を持つ俺の手を握る椎名の手に、きゅ、と力が籠もる。 「えー……」  明らかに不満顔な椎名をよそに、 「じゃあ暮らさない」  手を離して合鍵を突き返す俺。昨日みたいなセックスを週三週四とかでやられてたまるかっつーの。 「ぐぅ……わ、分かったよ。約束する」 「言っておくけど『俺が次の日休みの時』だからな? おまえが休みでも俺がバイトの時だってあるからな」 「バイトなんてしなくていいのに! 陽向を養うくらいは稼いでるよ?」  また俺の手を握り身を乗り出す椎名。すげぇな、大学生のくせに人一人養えると言えるその甲斐性が。  まぁアプリの会社作るくらいだしな。作ったゲームもなかなかヒットしてるらしいし、確かに俺一人養うのは簡単だろう。俺は女の子みたいに金かからないしな。 「自分のものくらい自分で稼いだ金で買うからいい」  でも男だからこそ踏み越えちゃいけないラインがあると思うんだ。俺は椎名に養われたいわけじゃない。あくまでも、対等なつきあいがしたいんだ。  まぁ、椎名と俺が対等でなんかいられるわけがないんだけどな。何から何までかないやしねぇもん。 「うーん、陽向はしっかりしてるなぁ。そこも好きだけど」  俺の身体をすっぽり包むように抱きしめてくる椎名。 「でも、住まわせてくれるなら助かるよ。アパート探す手間省けるし。よろしくな? 椎名」 「引っ越しは手伝うからね。ご両親にもご挨拶したいし。『陽向くんを俺にください』って」 「ははっ、プロポーズかよ」 「そうだよ。俺たちはこれからずーっと一緒にいるんだよ」  だから……と呟いて。椎名が俺の耳元にくちびるを寄せ、 「二度と離さねぇから覚悟しろよ? 陽向」  少し掠れた例の声音で言うもんだから、俺の心臓がきゅきゅきゅーっと締めつけられたのは言うまでもないだろ。  椎名にはほんとかなわない――そう思ったんだ。 →→→→→ 続きます。
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