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 三月四日。日曜日。  今年は例年よりも、寒さは落ち着いていると言われていたが、とても寒さが軽減されているとは思えなかった。昨年と同じように、冷える冬には変わりない。坂下浩史は、自らの白い息を見て、そう思った。  この日も捜査で、中古品取り扱い店を回っていた。もちろんいつものように、盗難品が売買されていないかを確かめるためだった。  室内で調べものをしている時は平気だが、外に出ると億劫になる。今日のように風が強い日なんて、特にそれを痛感する。  無意識に肩が上がり、体を縮めて、ポケットから手を出すことができない。捜査に進展がなければ、それは尚更だ。意識が乱れる事がある。見えないゴールに向かって、ただ進むという行為ほど、気が遠くなることはない。    しかし、パートナーである西署捜査員の近野有紗は、被害品が見つかる手応えがなくとも、臆する事なく次の店に向かって足を進めている。  その足取りは力強さを感じるほどだ。彼女の背中は、寒さなど微塵も感じていないように見えた。それに、目ぼしい情報が全く掴めなくても、士気が落ちる気配が全く感じられない。しかしーー。 『こんなもの、本当に見つかるのか?』  これが坂下の本音だった。  今回の被害品は、洗濯物だった。数日前から、民家に干してある洗濯物が盗まれたという被害が、相次いで届けられている。  変質者か金目当て。加害者の心理は、こうして捜査している中でも、まだはっきりと掴めていない。  過去には、女性の洗濯物を盗む野蛮な男を取り押さえた事もあったが、今回はそれに相反する。そこには、男性の衣料品も盗まれているという事だ。確かに、同性を好む人間も存在するが、どこかしっくり来ない。また、女が盗みを働いていることだって、可能性がゼロではない。だが、男に比べると確率は断然低くなる。  やはり、それらを金に変えているのか? そんな疑問が浮かぶ。しかし、そもそもそんな物が、金に変わるのか? 更に別の疑問が覆い被さる。  ある店の従業員に、そんな疑問をぶつけてみた。彼は、首を傾げながらこう答えた。 「使用された服を持ってくるので、なくはないと思います。ただ、持って来られたこっちとしては、それが盗難品かどうかなんて、分からないですけどね。家族の物だってこともありますし」  その答えは、最もだと思った。自分が同じ立場でも、同じように答えていたかもしれない。刑事という仕事をしていなければ、こんなにも人に疑いを持って生きていなかっただろう。  今回ばかりは、どうする事もできないのではないか。刑事としては、持ってはいけない思考がチラついていた。  現行犯で犯人を取り押さえるしか、手立ては考えられなかった。しかし、そんな現場を目にする確率は、はるかに低いだろう。  彼女はどう思っているのだろうか? 坂下は、この近野という女の考えが気になっていた。  考え? もしかしたら、その表現はズレているかもしれない。彼女が持つ不思議な力。それは何を得るのだろうか。
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