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「悪い報せ、ですか」
国見さんがコーヒーを飲んでからゆっくり頷いた。
「君だけじゃない。俺にとっても良くない出来事だった。アスカプロモーションの取締役会に、新たな取締役が加わった。常盤 凛子常務だ」
常盤 凛子。モデルのような長身と、人を惹きつける美しい風貌。名前を聞いただけで、すぐにその顔を思い出した。
「知ってるとは思うが、凛子さんはアスカプロモーションの創業家出身だ。伊奈社長や俺たちが、前社長、飛鳥 喜代彦から経営権を勝ち取って8年。まだ創業家は経営権を取り戻すことを諦めていないらしい」
アスカプロモーション第四マネージメント本部。この設立を巡って、かつてアスカプロモーション内で激しい社内抗争があった。
第四マネージメント本部は、アイドルの発掘、育成をする部署として発足するはずだった。しかし、俳優や女優とは業態が微妙に異なるアイドルは、子会社によって専門的な運営することが望ましいというのが、顧問の意見だった。
子会社の設立に強く反対したのが、飛鳥前社長だった。たかがアイドルのために、そこまでする必要はない。そう言い切ったという。要は、アイドルを単なる金づるとしか考えていなかったのだ。
これに反発したのが、伊奈現社長や国見さんだった。アイドルに夢を抱く子もいる。それを単なる金づるとしか見ていないことに憤慨したのだ。
そして取締役会と株主総会を味方につけた伊奈現社長が経営権を勝ち取り、創業家の飛鳥 喜代彦はアスカプロモーションを追われた。
「凛子さんは早速取締役会で、A-Projectの合併吸収を提言したよ。アスカプロモーションの部署として再編するべきだとな。無論、伊奈社長が退けたが、今の取締役会には創業家の飛鳥 喜広専務もいる。凛子さんと組むことで、創業家の影響力が再び大きくなることは間違いない」
芹澤社長がこのプロジェクトを立ち上げたのは、このためなのか。アスカプロモーション、引いては創業家の介入を防ぐためなのか。
改革であり、防衛。それもただの防衛ではない。A-Projectに在籍する少女たちの夢を守るためのものだ。
「凛子さんがA-Projectに拘るのは、君がいるからだぞ、榊」
国見さんの目が鋭くなった。
「凛子さんは、あの事件をまだ忘れていない。忘れていないということは、君のことを許していないということだ」
胸に切なさがよぎる。奥底に眠っていた傷みが、記憶と共に甦る。
「わかってます。もう、逃げるつもりはありません」
そう返すと、国見さんが元の穏やかな表情に戻った。
「俺たちにとっては宿敵。君にとっては天敵だな。まあ、ジタバタしても仕方がない。とにかく、このプロジェクト、必ず成功させてくれよ」
「はい、勿論です」
それから二人で会場となる部屋に戻る。A-Projectで人気を得たアイドルは、アスカプロモーションに移籍して本格的に女優として活躍する。国見さんはA-Projectで有望なタレントのことを訊いてきた。
「鳳 美鈴はそろそろアスカプロモーションで売り出したい。華もあるし才能もある。アイドルの時に舞台を経験していたおかげで、業界関係者から演技力を高く評価されている」
「本人はまだアイドルとしてやり残したことがあると言っていて、移籍には否定的です」
「やり残したこと、か。もうないと思うんだがな」
「僕も同じ意見ですね」
すでに独り立ち出来る実力と実績もあり、女優転向後の成功も見えている。それでも鳳はアイドルを卒業しようとはしない。
「研修生で注目してる娘はいるのか?」
そう言われて、すぐに思い浮かぶ顔があった。
「ええ、いますよ。まだ未熟ですけれど。しかし歌唱力が本当にすぐれていて、魅力的な声をしていますね。一番可能性を感じてます。」
「そうか、それは楽しみだな」
夢、希望、名誉、野望。様々な運命を懸けて、A-Nationは始まる。
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