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天敵
インターホンが鳴る音が微かに耳に届いた。
眠れないと思いながらも、いつの間にか眠ってしまっていたようで、重いまぶたをこじあけると、そこにはもう兄の伊央利の姿はなかった。
眠たさにまだボーッとする頭で考える。
今夜の食事当番……伊央利だっけ。……でも、この頃はいつも二人で作ってるから……早く、起きなきゃ……。
母親が父親の転勤について行ってるため、この家には俺と伊央利二人だけで、家事も二人で分担してやっている。
食事を作るのも恋人関係になる前は交互でやっていたのだが、今は一緒に作ることが多い。
まあ率先して作るのは料理を作らせても完璧な伊央利で、俺は横でちんまりと手伝うだけだけど。
それでも二人でする料理は楽しいし、二人で食べるご飯はとてもおいしい。
……なんてことを考えているうちに段々目も覚めて来た。
俺はベッドから起き上がるとあくびを一つしてから部屋を出て、階下に降りて行った。
しかし、リビングに入ると、俺の機嫌は一気に悪くなってしまう。
「お邪魔してます、大和君」
そこには俺が一方的に天敵認定している従姉妹のさやかがいたからだ。 彼女は今日もとても美人でスタイルもいい。くやしいけど、俺なんかよりずっと伊央利の隣にいて自然な相手だと思う。
そう、俺が一方的にさやかのことが嫌いなのは、単なるやきもち以外の何ものでもない。
「……いらっしゃい、さやかさん。伊央利は?」
「キッチンで夕食の支度してるわ。……そうそう。今日は煮込みハンバーグを作って来たんだけど、大和くん、ハンバーグ好きだったよね?」
「……まあ……。ありがとうございます」
さやかは家が近い所為もあり、週に二回はこうして料理の差し入れをしてくれる。
男二人の食生活を心配してくれているのだろうけど、俺にしてみればありがた迷惑だ。
愛想なく応じる俺にも、さやかはニコニコと笑顔で接してくれ、なんだか自分がすごく嫌な奴に感じて自己嫌悪に陥ってしまう。
「どうしたの? 大和くん。座らないの?」
「いえ。伊央利の手伝いしなきゃいけないから」
そのとき、ダイニングキッチンとリビングを隔てるドアが開けられ、伊央利が顔を出した。
「さやか、ちょっと手伝ってくれないか」
ムッとした。
どうしてさやかの方を呼ぶんだ? いつも一緒に料理を作ってるのは俺なのに。
「伊央利、手伝いなら俺がするよ」
むきになってそう申し出るも、伊央利は首を横に振る。
「だめ。ニンジンのみじん切りを頼みたいから。大和はこの前、見事に手を切っただろ? だからだめ」
「…………」
そんなふうに言われてしまうと引き下がるしかなくて。
でも、キッチンに伊央利とさやかを二人きりになんかさせたくなくて、俺はリビングとダイニングキッチンを隔てるドアを全開にした。
そして、ちょうどキッチンに立つ二人が見える位置にあるソファに座る。しかし、その光景を見る俺の気持ちは嫉妬で膨れ上がってしまう。
並んで料理をする伊央利とさやかは、お似合いのカップルにしか見えなくて。
普段はどれだけ女の子に言い寄られてもクールで素っ気ない伊央利なのに、さやかに対してだけは違う。
楽しそうにさやかに笑いかけ、さやかもまた楽しそうにそれに応じる。 その上、俺がすれば確実に指が血だらけになるだろう野菜のみじん切りをさやかはトントンとリズミカルにやってのけるのも面白くない。
もう伊央利にそんなに引っ付くなよ!! 伊央利は俺のものなんだから。
伊央利も伊央利だよ。俺にさやかと仲よさげなとこ見せつけて楽しいのかよ?
ソファに一人ポツンと座りながら、俺は心の中で伊央利とさやかに罵倒の限りを叫んでいたのだった。
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