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「さやか、今日はサンキュ」
夕食の支度ができたら、さやかはいつも帰って行く。
一緒に食べて行くことはなく伊央利も彼女を夕食に誘うことはない。
そのことがせめてもの救いだと感じる俺は、やはり性格が悪いんだと思う。
「いいえ。今度はクッキーでも焼いて来るわ。たまには手作りスイーツのおやつもいいでしょ?」
いらない……これは俺の心の声だ。
「さやかも受験勉強で忙しいだろうから、そんなのいいよ」
やんわりと断る伊央利に俺は内心拍手を贈る。
だが天敵さやかは負けていない。
「何言ってるの。あたしの通う女子高は大学までエスカレーター式だって、前にも話したでしょ。だから気楽なものよ。……じゃね、また来るわ」
クスクスと笑うと短いスカートを翻して俺たちの家を出て行った。
「……何、怖い顔してるんだ? 大和」
俺は無意識にさやかが出て行ったドアを睨みつけていたようで、伊央利が首を傾げて聞いて来る。
「何でもない。怖い顔なんてしてない」
「じゃ、この盛大に膨れた頬っぺたは何かな?」
伊央利は長い指で俺の頬をむにょーんと引っ張る。
「…………だって、伊央利とさやかさん、仲いいんだもん」
俺はちょっと迷ってから正直に自分の中の不安を吐露した。
すると伊央利は切れ長の目を見開き、いかにも意外だという表情になった。
「俺とさやかが?」
「そうだよ。今日も仲良く料理作っちゃってさ……。伊央利って基本女の子にはクールなくせに、さやかさんとはすっごく親しくするんだね」
「……あー、さやかは」
「何?」
俺は今度は伊央利を睨みつけた。
「従姉妹だからな」
「それだけ?」
「それ以外に何がある? ……大和、そんなに俺のこと信じられないのか?」
睨んでもイマイチ迫力がない俺と違って、鋭い目をした伊央利が睨んでくると、とても怖い。
「……ごめん……でも、俺……不安、で……」
これまた情けないことに俺は涙腺も弱い。
伊央利に冷たく睨まれて涙腺が崩壊してしまい、俺の目尻から大粒の涙がポロリと零れる。
伊央利は俺の涙を見た途端、慌てて、その大きな手で頬を伝う涙を拭ってくれる。
「泣くなよ、大和。ごめん、きつい言い方して悪かった……」
「……伊央利は悪くない……。俺が、悪いんだ。ごめんね」
「……大和……」
「伊央利……」
どちらからともなく重なる唇。徐々に深くなるキス。
俺たちは玄関で鍵も閉めずに、深いキスをしていた。
今、もしも帰ったばかりのさやかが戻って来てドアを開けたなら、何も言い訳できない状態。
でも俺たちはキスをやめることができなくて。
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