三十四話 前世で望んだ子

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三十四話 前世で望んだ子

態々掛け走ってきたアランは、他の誰にも出産シーンを見せたくないと告げた 他の連中、特にハクは卵を取り上げるのに慣れてると思うのに…… 俺より優秀な助産師だと思うんだが、いや…科目は違えどアランも前世は消化器外科医をしてたんだから同じものか 可笑しいな、コイツはインフルエンザ付近の時期になると、自分で注射をするような奴だったのに…… 卵を取り上げるのを自分で……は、流石に無理か 『( まぁ、納得しよう…… )』 考えたところでこの部屋には俺とアランしかいないし、今更誰か連れて来るなんてしたら怒られそうだな 本人、産む気でベッドに横になってるし 「 どうやったら産まれるかな?M字開脚する?いやん、エッチ~ 」 『( コイツ……一人で良くね? )』 走ってきたぐらいにはまだ余裕が有るんだろ 現に、一人でなんだか楽しそうだ 『 どうした?自棄に機嫌がいいな 』 アランの足元に行くように、ベッドに軽く腰を下ろし問い掛ける 彼は白衣を脱ぎながら背中にあるファスナーを下げていく 無駄に色っぽい姿に、目線を落とすも、何気無く見てしまえば 中シャツのVネックを捲り上げ、人間で言えば八ヶ月程度の膨らみがある下腹を触りながら答えた 「 そりゃ、君との子だよ?前世で望んだんだ……ずっと欲しかった…… 」 欲しかった……。その言葉に胸に刺さるような感覚がした ずっと言いたかった、今のタイミングで言って良いのかは分からないが… 今だからこそ聞けるんだと思う 『 俺は…どうして、そこまで子が欲しいのか理解できなかった。実際はまぁ、子供が出来たらいいや、程度だったんだ…… 』 腹に触りながら此方へと視線を向けた彼に、申し訳無いと思い 前世の記憶が鮮明に甦るほどに、あの頃に飲んでいた栄養サプリメントの効果すら、いつかできるかも知れない子ではなく、自分自身の為だったんだ 『 ……学生の頃から些細なことで嫉妬してた。社会人になって、仕事場で誰かと仲良くしてるんじゃ無いかって思っただけで……馬鹿みたいに嫉妬してた……。だから、ホテルだけのデートじゃなくて……外に出て、自分の彼氏だと……自慢したかった…… 』 けして、御飾りで持ち歩きたいと思わなかった 恋人はいる、そう伝えていただけのアランの……本当の恋人は()なんだと言いたかった 死んで前世とは違った世界で、環境で、此所の流れに合わせる為に必死に生きてきたけど…… 口に出せば、出すほどに感じるのは“ 好きだ “という気持ちしか無い そんな感情には蓋をして、考えないようにしてたのに… 一つ一つ、考える暇もなく思ったことを口にする俺に、彼は只黙って聞いていた 『 子供なんて、別れたく無くて繋ぎ止めている手段の一つでしかなかった……。でも、……そうじゃないって……子供が居たところで醜いほどに嫉妬するのに、無くならないわけじゃないから……別れようって……。このままじゃ俺は……束縛までしそうだったから…… 』 今は手元に無いけれど、スマホを握り締めるように手の平を握り、鼻先が痛くなる感覚と共に目尻に溜まる涙をぐっと堪えるしか出来なかった 一方的に嫉妬するからと別れを告げた俺が、今更どんな事を言っても遅いし、このタイミングか?って自分でもツッコミたいが 単純に子を望んだアランとは違って、醜い願望しかなかった俺には子供なんて望めなかったんだ 気持ちのすれ違いをやっと言えたことに、溢れる前に目尻を指で拭き 少し間を置いて、アランは優しく俺の名を呼んだ 「 ルイ 」 『 っ…… 』 きっと幻滅するだろうか、嫌うだろうか その不安が有る中で呼ばれた事にピクリと肩を揺らし、視線をゆっくりと向ければ 彼の表情は思った以上に優しかった 「 それが本音なら、俺は凄く嬉しいんだけどな 」 『 なんで、だよ…… 』 子を引き留める手段に使おうとしてたのに、何故だよ……そう告げる前に、自らの腹を触りながら返事を返す 「 俺も…この子を産むのは君を止める手段だからだよ。周りの魔物は君の子を産んで、またお腹にもいる。この世界でたった一年で、俺の知らない君がいる……。この世界で生きるために、子を宿す…… 」 何が言いたいのか、一瞬理解できず 疑問符を浮かべ、言葉の続きを聞く 「 君は素直に気持ちを言わない人だったから、凄く心配したけど、今聞けて嬉しいよ……。嫉妬、束縛…歓迎だったんだけどなー、勿論、今でも大歓迎だけど? 」 『 なんで……そんな事を言えるんだ…… 』 軽く背凭れにしてるクッションに凭れ、腹を撫でては深い呼吸をする彼は、俺へと視線を向けた その空色の綺麗なブルーの瞳を何度見惚れた事か…… 「 ふふっ、ずっとルイを大好きで、愛してるからだよ。俺の愛情疑ってたの? 」 向けられた指先には、俺の首元に垂れ下がるチェーンの付いたリングのネックレスがある これは、此所に来て一年を記念した誕生日の時にアランが買って来てくれたものだ 洒落た羽根の柄が刻まれたシルバーリング、それを持ち視線を向けていれば アランは、ベッドを軋ませ近付き両手を伸ばし首後ろにある繋ぎ目の金具を外した 『 なにをするんだ……? 』 「 いいから、ちょっと貸して 」 外さないでと言われて着けてたのに、本人によって外されるなんて… 理解できないと眉を寄せ、アランのやることを見ていれば彼は俺の手を取る 「 これは、魔物には分からない贈り物。人間だけがする、愛情の形…… 」 『 っ…… 』 チェーンは外され、残ったのはシルバーリングのみ それを持ち、アランが嵌めたのは薬指だった その意味が分からないわけでもなく、散々泣きそうだったのを我慢したのに、今は無意味な程に流れ落ちる 「 君に渡したかった指輪……。俺の魔力を形にしてるから加護の役割があるけど、本当はお揃い…… 」 手を離したアランはズボンの中に入っていたチェーン付きのネックレスを取り出し 金具を外せば、自分の薬指へと嵌めて、互いの手を取り指先へと口付けを落とす そこには、光るシルバーリングがある 「 結婚しよう……とは、言えないけど、ずっと一緒にいるよ。此れからもこの先も…永久に君だけを愛すると誓うよ 」 沢山の言い訳を言って、一方的に振ったのに… 変わらない愛情を向けられて、平然を保てるわけもなく涙を隠すことが出来ず、彼の肩へと頭を置く 『 …バカ、大バカだ……なんで、俺なんだ…… 』 この世界で生きる為に、俺は他の奴とも行為を交わすことになって、子供だって沢山産まれてくるのに…… その中の一人の雄って言う立場で無ければ…… 『 なんで…… 』 「 ごめんね 」 『 っ、なんで……御前が謝るんだよ 』 涙が頬を流れ落ち、見上げた俺に彼は優しく微笑みを浮かべ、その指輪の嵌めた片手を頬へと触れた 「 俺にとって、君と出逢った事は幸せだよ。誰でもない、君だからこそ……ほんの些細なきっかけで話すようになって……灰色の世界は明るくなった……。俺が簡単に引けない人間だから……ごめんね 」 『 ほんと、そうだ……手を振り払った時に立ち止まらないから、此所に来たんだ…… 』 「 今じゃ良かったと思うよ 」 『 なんで…… 』 「 だって、まだ…ずっと君だけを見ていられるから 」 明るい金色の髪に良く似合う、ヒマワリのような笑顔を向けてきた 太陽だけを見上げて、雲に覆われば顔を背け、けれど太陽には笑顔を向け続ける こんな人が、俺でいいのだろうか……そう思うからこそ、答えは出せないまま時間だけが過ぎて行ったんだ 『 ぅ、っ…… 』 溢れる涙にアランを困らせたく無いのに、彼を困らせてしまう 言葉など返せるわけもなく、只“ 愛してる “と言ってしまえば駄目だと分かってるからこそ口には出せず変わりに、溢れる感情は雫へと変わる 「 うーん……参ったな。今、部屋から出て行ってくれないと凄く困る…… 」 『 そう、だな……こんな、泣いてたら出産するのに…… 』 やっぱり困らせたと、涙を擦るように拭き、立ち去ろうと動けば手首を掴まれ、驚くより先にその手は引かれた 『 !! 』 「 ほんと、困る……。そんな……今でも好きだと言ってるような態度をされると、滅茶苦茶に抱き締めてキスしたくなるし……誰にも渡したくない 」 『 っ……なに、いって…… 』 優しげな声が消え、声のトーンが低くなった事に背筋に感じる寒気と共に、アランの腕が背中へと周りキツく抱き締めれば、耳元で囁かれる 「 ……俺って凄く独占欲が強いだよ。だからね……君の身体は許すけど“心“まで、誰かに渡す気はないよ 」 『 っ……あぁ、もう……ほんと……バカだろ…… 』 「 うん、バカだよ。だから君もそうして……。心は、俺にちょーだい 」 この世界に生きる魔物とは全く違った感情や それをアランに向けてもいいのだろうか…… 『 俺ので、いいのかよ…… 』 「 うん、君のがいい。君しか考えられないほど、大好きだよ 」 きっと何度も囁くのだろ、何度も言ってくれるのだろ 振り払った手を幾度となく掴もうとしてくれるのは、アランしか居ないだろう…… 『 っ……俺も……すきだ…… 』 「 うん、知ってる…… 」 俺達はこの世界にとって、良くないことを告げてるのは分かっている それでも、その罪を求めるように互いに視線を重ねれば顔を近付けていた ねぇ、ルイ そう呼ぶ御前の声が好きで、好きで、堪らなく好きだからこそ……また隣で笑って名を呼んで欲しい 「 くっ……! 」 『 アラン!? 』 唇が触れる前に、アランは顔を寄せ悶え苦しむような声を漏らせば、それに焦った俺は肩を掴み視線を向ける 「 う、まれる…… 」 『 産まれるのか!?あ、ほら……横になれ!! 』 このタイミングで!?なんて思ったが、このタイミングでずれた話をしてたのは俺の責任だ 改めてアランが出産を控えていた事を思い出し、肩を押してベッドへと寝かせれば、彼は横を向きシーツを掴む 「 っ~!!うぅ~……もぅ、ぁ……っ……! 」 『 アラン、肛門に力を入れるんだ。てか、御前……獣にならないまま、あんな卵を産むのか!? 』 「 知らないよ……!だって、もう、うまれそう……んんっ!! 」 まてまて、流石に人の姿でダチョウサイズの卵を産むなんて無理があるだろ! 裂けちゃいけないぐらい、裂ける気がするも考える暇は無く すぐにアランのズボンと下着を脱がせば、彼は太腿や腰に力を込めては卵を産もうとしていた 「 っ~!はっ、っ…… 」 『 えっと、ほ、ほら……股開いて……ぇ…… 』 股を開かせて後孔へと視線を落とした俺は、見てはいけないものでも見たのかと、一瞬硬直した 肛門から僅に見えるのは、卵では無かったからだ…… 「 なに……?んっ、まだ……?いっ、くっ……はっ 」 『( えっ……蹄!?人間の……じゃなくて魔物か、人の姿だけど、魔物……魔物なら、子の姿は親と違う…… )あ、あらん……ひっ、ひっ、ふぅーだ、頑張れ!ほら、ひっ、ひっ、ふぅー! 』 「 ひっ、くっ、ひっ……うっ、はぁっ、くっ……! 」 見えてきたのは蹄であり、肛門から見えたら痛々しくて仕方無いほどに拡げて出てくるのが分かる 爪の形を片手で真似て見れば、前肢から出てるのが分かり、 ラマーズ法が出来てないようで上手く出来てるアランに合わせ、辺りを見てから彼の脱いだ服の一枚を掴み 蹄へと巻き付け縛れば、呼吸に合わせて引く 「 ひっ、ひっ……っ~~!! 」 『 頭が、見えてきた……もう少し頑張れ! 』 「 たまご、ちがう……くっ、ンッ!ひっ、ひっ……! 」 卵じゃないよな、マジで俺もビックリだと思えば、卵に入ってるルビーやパールとの大きさが明らかに違う獣は姿を見せた 『 産まれた…ぞ、アラン!産まれた!みて……アラン!!? 』 産んだ後にぐったりとして動かなくなったアランに焦って、獣の赤ちゃんは呼吸をしてるのが分かり、直ぐに母体の心配をして、肩を揺すれば彼は汗を垂らし告げる 「 だいじょうぶ、ちょっと、痛くて、疲れただけ……それより、赤ちゃんは…… 」 『 あ、それなら……直ぐに 』 敷布団やら、掛布団を汚すのは申し訳無いが、拭くものが無いために顔の周りに付いた胎盤から取り除き、身体を軽く拭けば、ゆっくりと真っ黒の羽根を動かし そして、馬の蹄を持つ足で立とうとしていた アランはゆっくりと顔を向ければ、子を見て青ざめた 「 待って、待って……卵じゃ無いじゃん!!?てか、なに……ペガサス!!? 」 『 ユニコーンっぽいが、角があっても羽があればペガサスか? 』 混じりが殆んどなく、色や羽は俺に似て、尻尾や体格は恐らく雄牛と呼ばれているアランのものだろ 既に開いた目は、彼の持つ空色に良く似ていた 「 クッ、シュン!! 」 「『 えっ………… 』」 軽く鼻の中に入っていた液でも取り出すように、くしゃみをした、漆黒のペガサスは一瞬で姿を赤子に変えた それは人間が産む赤子と同じぐらいでありながら、既に座っている赤子に、アランは現実を受け止め切れず気絶した 『 アラン!!? 』 焦って、ハクを呼んだ俺は赤子の説明をすれば彼が起きてから答えてくれるらしい 「 魔王クラスだとたまに卵の栄養を吸収して、そのまま産まれてくることはあるんですよ。つまり、この子は生まれながらに決まった魔王クラスですね。おめでとうございます! 」 『 ……そうなのか、アラン……お疲れ様 』 「 うん、ありがとう……魔王か、ちょっと嬉しいかも 」 顔立ちは赤子でありながら、アランによく似てるほど美形になりそうなほど綺麗な顔をしてる そして、魔物の卵では中々味わえない程に人間の赤子を抱くことが出来る 『 そうだな……。ふっ、可愛いもんだな 』 人の姿になれば残るのは長い馬の尻尾と、羽だけ それもまた可愛いと思いながら赤子を抱くアランは頬に触れてからこちらを見上げた 「 それで、名前は決まった? 」 『 あぁ、ルアナ。ハワイ語で…皆で楽しく。という意味がある。御前と俺と……そして兄弟達と楽しく過ごせたらいいな 』 「 ルアナ、うん……とてもいい名前だよ。俺とルイの子だよ。ルアナ 」 赤子のように声を漏らす事に微笑ましく見ていれば、ルビーやパールは飛び入ってきた 「 弟に肉団子!!! 」 「『 デカい 』」 少しは肩に乗ってるパールのように大きさを考えてくれ というか……パール、全然成長しないな? まぁ、それよりアランが産んだことで一安心かな 漆黒のペガサスであり、名をルアナ まるで、夜空に輝くペガサス座のようで、アランは牡牛座みたいだな 『 アラン、ありがとな……子を産んでくれて 』 「 ふふっ、どういたしまして 」 一緒に育てていこう、此れから立派な魔王になるまで
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