三十九話 美しい堕天使

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三十九話 美しい堕天使

堕天使か… 悪魔でも天使でもなく、人間が死んだ後に天界に行けず、悪魔にもなりきれなかった中途半端に落とされた者 知らないわけではない、俺もそうだった だが、美しい白い羽は、アランのように途中から悪魔へと変わる様子もない 天使…そう言ってしまった方がしっくりくるほどに綺麗なのに、口に出るのは哀れみの言葉 『 勿体無いな…… 』 「 っ……!! 」 勿体無い、こんなにも真っ白なのに堕天した者だなんて 勇者として育てられたのに、此処にいて姿を晒され、そして人間界に帰るという選択肢は“魔物“に存在しない 殺して食う、それを目的にしてる彼等の視線が突き刺さる 『 ……御前、死ぬのか?殺されるのか? 』 瞳孔を開き、今にも噛み付いて来そうな程に怒っているジャックに俺は同じ言葉を繰り返す 『 勿体無いな。綺麗なのに 』 その言葉を発した瞬間に、鎖の動く音が響き 檻へと当たる激しい金属音と唸り声を上げる 「 御前のような、孕ませるだけの魔物に言われたくない!どうせいらなくなったら喰うんだろ!捨てるんだろ!! 」 『 ……親に捨てられたから、そう子供を気にするのか 』 「 っ……黙れ!何がわかんだよ!! 」 誰が産んだ子かは分からない いつの間にか教会に居た彼は、恐らく捨て子やら子供が親に喰われるなんて聞いた、魔物の繁殖は理解できないのだろう 俺も最初は否定していたが、此処にいて其なりの時間が経過すれば 自分の為に死んだ子(働き蜂)を食うことは抵抗が無くなってきた 『 此所の奴等は、人間とは違う 』 「 だから、だよ……そこの元勇者はボクの兄貴を殺した。近衛隊を全滅させたら魔物になって……。魔物はボクの…全てを奪うから、嫌いだ…… 」 教会に居たのなら、兄や弟の立場になるような者も居ただろう それをアランが殺したのなら、恨みを持つのは不思議ではない 目の前の獣が肩を揺らし、涙を流してる様子は 心が凍り付いた俺達には何も思わないのだ 「 嫌っていいよ。誰も好きになれと言ってない。それに……君はもうすぐ死ぬんだからさ 」 「 女王蜂に刃を向けた者は、公開処刑と決まっている。生きながら喰われるのを待て 」 彼は俺を殺そうとした勇者 人間では無いにしろ、此所のルールに従わなければ俺は此所で生きては行けない 俺は女王蜂、そして……彼は敵だ 『 ……そう言うことだ。最後まで足掻くといい 』 良く似た者、だが……勘違いだったのかも知れないな 背を向けその場を立ち去る俺の耳に届くのは、 彼の啜り泣く声だった この心は、暖かみもなく冷たくなっていた 勇者が処刑されるのは午前0時 一回の金が鳴る度に、身体の一部を切り落とし、 十二回の金が鳴り終わった時に、止めを刺す まるで猫が玩具を見付けたように、いたぶり殺すのは魔物のやり方 女王蜂である俺は、それを眺めて最後に抉り出された心臓を喰らって魔力にする この先、生ませるために必要な魔力の糧として…… 「 堕天使だ 」 「 勇者だってよ 」 「 俺は左目を食いてぇ! 」 「 右目をもらいてぇな! 」 処刑場に集まる魔物達 彼等のお目当ては、欠片を貰うために待つハイエナに過ぎない 女王蜂の玉座に座り、アランとネイビーによって連れて来られた彼は十字架の柱に手足の枷をつけられ、足元は地面から浮く 人の姿を得たままに羽を生やした彼は、その真っ白な羽を左右に広げられ、斬れるように固定される 処刑が始まる 此処に来て初めて俺(女王蜂)を殺そうとした者に与える、罰を目の当たりする…… 「 黙れ 」 ネイビーの冷たい言葉と共に、ざわついていた魔物達の声は静まり返り彼は言葉を続ける 「 今宵、我等の女王に手をかけようとした愚か者に罰を与える。御前達にも一部を与えてやるから待っていろ 」 「「 おぉ!! 」」 聞き覚えのない魔物達の言葉と、そして気持ちが高鳴るように歌い始めた なんだろうか、こういった儀式の時には歌わなきゃいけないのだろうかと、他人事のように見ていれば横にやって来たアランは呟く 「 君が助けてくれなきゃ、俺も今頃変な儀式の後に喰われたんだろうねぇ 」 『 ……御前だから助けたんだ 』 「 そう?ありがとう 」 『 ……なにか言いたげだな? 』 意味深に笑う様子に視線を向ければ、彼は鼻で笑ってから密かに首を振った 「 いや……なんでもないよ 」 なんでもない、そう言う割には何か言いたいのだろう だが、この状況で答えてくれるとは思えず、俺も今そっちに話の内容を向ける気にもなれず 考えるのを止め、目の前を見る 歌に聞こえるその言葉は、まるでとある日を思い出させる “ 皆の者、よく聞け! “ ( 黙れ、口を閉じろ) “ 愚か者に罰を与える “ ( 奴を、殺せ ) “ 裁きの時が来た “ ( 堕天した哀れな子 ) ( 人の為に生かされたとは知らず ) ( のこのこと我等の巣にやって来た ) ( その血肉は女王に与えられる ) ( 刃を研ぎ、準備は出来た ) “ まずは羽を切り落とす “ ( 純白な羽は血に染まる ) ( 今、一回目の鐘の音が鳴り響く ) ( あぁ、待ちに待った瞬間が訪れる ) 「 ぁあっ!!!ぐっ……うっ!! 」 ( 喰らえ喰らえ、血肉を ) ( 飛べない者に空は必要ない ) ( 地に伏せ、頭が高い ) ( 我等魔界の繁栄のため ) ( 愚かな者に明日はない ) 一回目の鐘が鳴り響くと同時に、ネイビーは剣を振り上げた 赤い血飛沫を一瞬上げ、ボタボタと落ちていく血は地面を染め上げる 落ちた羽を拾った魔物達は、我先にと毟るように手を伸ばし喰らえば、次の鐘は直ぐに鳴り響く 「 ぐっ!!いっ…… 」 二回目の鐘の音、余りにも呆気なく片方の羽すら切り落とされ、同じ様に魔物達は群がる 彼は目を閉じ痛みに耐え、吹き出る汗を拭くこと無く、僅かに笑っているネイビーの矛先へと視線を向け、顔を背けた 三回目の鐘の音が鳴り響く、ネイビーは剣を振り上げた 「( かあ、さん……なんで…… )」 『 !! 』 聞こえてきたのは誰の声だ 一瞬、余り見たくない光景に目を背けていたが声と共に顔を前にすれば 彼は涙を溜めて俯いていた その顔に流れる血を見れば、ネイビーが右目を突き刺したのだと気付く 「 右目、喰いたいもの。やるぞ? 」 「「 我に!! 」」 「 好きにしろ 」 剣先で抉り出した右目を、その辺りの魔物に投げて渡せば奪い合う様子は醜いものがある 右目から流れる血と、左目から流れる涙 何故か、とてつもなく胸が引き裂かれるような感覚がした 四回目の鐘の音が鳴り響く、左目へと剣を向けたネイビーが動いた瞬間、俺の体はその場には無かった 「( 母さん……なんで、ボクを……すてたの…… )」 「「 !! 」」 分からない、知るわけない だが、幼い者をいたぶり殺すのは性には合わないと思った 目を見開くネイビーと動きがピタリと止まった彼等に、俺は一言告げた 『 処刑は止めろ。コイツの処分は俺がする 』 「 っ……なにしてんだ!! 」 手の平に突き刺さった剣によって、流れる血は手首を伝い地面に点々と痕を残し それを見たネイビーは震えた声で怒る もう五度目の鐘の音が鳴り、予定だった処刑の時間は過ぎていく 『 なにって、止めただけだ。いいか…この遊びは終わりだ。俺の命令だ 』 カランと音を立て落ちる剣と共に、手の平に感じる痛みをよそに振り返れば、涙で濡らした顔のジャックを見てから血で濡れた手で頬に触れる 『 泣くほどに、まだ生きたいのなら足掻け 』 「 っ、なんで……殺せよ……殺して…… 」 『 御前は殺されることを望んでないだろ。俺を殺したいなら何度でも殺しにこい。その方が楽しいからな 』 「 っ……そんな、慈悲なんて……いらない…… 」 必要ないと告げるのに涙を流す様子に、俺の心はどこかほっとしていた それは恐らくアランと同じであり、彼の枷を外せば滑り落ちると同時に、アランは支えて抱き止めた 「 本当、君って無茶するよね。ルビー、手当てするから運ぶの手伝って 」 「 うん!! 」 「 ルイも、直ぐに来るんだよ 」 『 嗚呼 』 彼はルビーとアランによって手当てをするために、早々に運ばれれば、0時を過ぎた為に鐘の音は消えた そして、背後へと振り返れば魔物達は膝を付き頭を下げ、ネイビーも立っていた脚を崩し謝ってきた 「 すまない!止めることが出来ず……刺してしまった……。申し訳、ない…… 」 『 もういい。頭を上げろ。片手だけだし、既に血は止まってるから気にするな。それより仕事に戻るかさっさと寝ろ。そして、彼奴には手を出すなよ? 』 「「 はっ! 」」 魔物達は納得した様子だが、ネイビーは言葉を発することなく黙っていた 忠誠心が強くて、真面目な部分も在るから、片手を刺した程度で落ち込んでいるのだろう さて、どうやって慰めたらいいんだろうか…… 「 ルイ……傷を見せてほしい 」 手を洗って、アランの場所へと向かおうとすれば先に来たネイビーの姿を見て笑みは溢れる 前みたいに、部屋に閉じ籠るほど落ち込んでなくて良かった 安堵をして、数歩近付けば彼は俺の片手に触れ目線を落とす 「 ……傷は塞がりかけてるな… さすが 」 『 魔王? 』 「 !あ、あぁ……そうだ 」 まるで最初の頃に告げられたように、優しく言われた言葉に笑ってしまえば、細身なのに男らしい手を取り指を絡めて握り締める 少しばかり驚く様子のネイビーへと顔を寄せ、頬へと口付けを落とす 「 ん……ルイ…… 」 『 もう落ち込むなよ?この程度は直ぐに治る 』 「 そうか……なら、いいんだが…… 」 『 嗚呼、そんな事より何か他に気になるから来たんだろ? 』 血を見てからの態度は、申し訳無いと言う気持ちと、もう一つの感情が彼には見えた そして、黙ってるのが苦手なネイビーはそれをどう、伝えていいのか分からないまま来たのだろう 大きいのに、不器用な子供みたいだ 「 ……その、御前の血を見てな……凄く、その…… 」 『 美味しそうに見えたか? 』 「 ……嗚呼 」 魔物にとって、女王蜂は一番美味しい餌でもある 死ぬ時を待つまでは長く、空腹を感じれば、味見ぐらいしたくなるだろう やっぱり、血を見て興奮したんだなって納得すれば繋いでいた手をほどき自らの襟の釦を外し、首筋を晒す 『 王道に首から飲むか?いいぞ 』 「 ……いいのか? 」 『 嗚呼、そのぐらい夫にくれてやるよ 』 「 ふっ、ありがとうな……ルイ 」 俺の身体は彼等の物 そうアランが言ってた事に納得しそうだ 一仕事を終えた夫に、身を与えるように ネイビーは俺の肩に触れ軽く掴み、片手で腰を引き寄せれば首筋へと顔を埋めた 「 少しだけ……貰う…… 」 『 嗚呼、どうぞ 』 首筋を舐め、血管を探るように舌先が触れる感触にぞわっと鳥肌が立つ 横目で彼を見れば、頭の上に獣の耳が見えたことに笑みを浮かべる 「 ………… 」 俺の身体を抱き締め、犬歯を突き立てブツリと皮膚に穴が開く音が聞こえれば 鈍い痛みと共に、深く突き刺さった犬歯は引き抜かれ 変わりに口で覆われ、血を啜るように吸われていく 『 っ…… 』 全身の血が抜かれるように、そして首筋が熱く痛む感覚に震え、無意識にネイビーの服を掴めば 耳に届く卑劣に啜り音とは別に、猫が喉を鳴らしてるような音が聞こえる事に気付く 『( 可愛い…… )』 痛みよりそっちに意識がいき、片手を動かし頭を撫でればネイビーの腰は揺れ動く 『( あ、これは……不味いな…… )』 「 はぁ、ルイ…… 」 そう思った時には既に遅く、ネイビーは口元から血を垂らし、欲を含んだ熱い瞳を向け 俺の言葉を塞ぐように深く唇を重ねた 『 ん…… 』 「 ……はっ、ン…… 」 コイツは、真面目に見えて案外一番欲に弱いのかも知れないな…… 影になる廊下の壁へと背中を押し付けられ、ネイビーに何度も深く口付けられたり、首筋を咬まれながら、彼は俺の脚を開かせ、欲をぶつけるように挿入してきた 俺が下手な知識を与えてから、挿入しても気持ちがいいことを学んだ彼等は、繁殖以外の欲の時は攻めることを覚えてしまった 『 はっ、っ……! 』 「 ン、ルイ……はぁっ、ふっ、ん…… 」 口元から血を垂らし、欲を含んだ瞳と声で名を呼ばれ しつこいほどに内部を擦られる感覚に、貧血と共に頭は真っ白になる 彼に会いに行くのはもう少し後になりそうだ……
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