四十話 王位継承の義

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四十話 王位継承の義

「 直ぐに来るんだよ、って言わなかったけ? 」 『 ……すまない 』 遅れた、明らかに来るのが遅れて 既に深夜二時を過ぎている 不機嫌なアランの様子に視線を外し、話を変えようとあの勇者の事を問い掛ける 「 それに怪我なんて増やして…… 」 『 その、ジャック、はどうだ……? 』 「 はぁー……彼ね、大丈夫とは言えないかな 」 話を反らした事に不満気にしたが、直ぐにジャックの方へと脚を向ける 医療室の奥にある手術台に見立てたベッド 手を貸す助手は、才能を発揮させた筋のいいシヴァとルビーだ 彼等は既に他の仕事に戻ったらしく、此処にはいない為にジャックのみが、手術台の上で眠っていた 手術用のゴム手袋をつけ直したアランは、彼の前髪を動かす 「 右目は修復出来ないほど外直筋含めて切られてるし、元になった右目は誰かの御腹の中。義眼やら技術があれば出来るけど、この魔界じゃ血を止めるだけで精一杯かな 」 『 まぁ、そうだろうな。治せるとは思ってなかった 』 突き刺し、抜き取った瞬間に眼球に繋がる筋肉は全て切られていた エグいほどに垂れ下がる筋を切り、瞼が塞がる程度まで手術出来た事すら褒めたいほど パッと見れば片目を閉じてる程度になった彼の手術は、成功したと言えるんじゃないか 「 治せるね……君がもう少し早く来てくれたら治せたかも知れないのに……一体何をしてたのか聞きたくないよ 」 『 俺が居たら治せた?何故だ 』 腹を立ててるような彼に俺は、意味が分からないと視線を向ければ、アランは奥歯を噛み締めてから声を震わせる 「 俺の手術中に、君の魔力を注いでくれたら治っていたかも知れない。なのに……君は助けようとした子ですら放置して…… 」 『 命を助けただけマシじゃないか。大体、俺がいたところでコイツの目が治る保証はない。なにいってるんだ? 』 「 例え0.01%の確率でも、それに賭けるのが医師なんだよ!命を助けただけマシ?君は、なんで……そんな…… 」 アランが怒ってる理由が俺には分からなかった 殺さないだけマシ、子をいたぶり殺すのは性に合わなかったから助けただけ 慈悲なんていらない、とそう言われたが俺のは慈悲ではない 只、自分の中で殺すことに意味がないと理解しただけに過ぎなかった 意味が分からない、そう言うように首を傾げる俺に、アランは目を見開き顔を背けた 「 君は変わったよね……なんか、寂しいよ 」 『 御託はいい。羽の方はどうだ? 』 人間は周りに合わせて変わっていくもの それを自覚してるからこそ、心に感じる冷たさに違和感を覚えていた けれど、それを溶かしてしまえばきっと俺はこの世界で生きていけなくなる 自分らしく足掻くことを止めたのだから、例え愛しい者の言葉すら聞き流す事に何も思わない 「 ……羽は、違和感が無いよう骨を削り、凹凸を無くし傷口を縫い合わせる程度。羽はどちらも失ったよ…… 」 『 俺が居れば治っていたか? 』 「 保証はないけど……その確率はあった…… 」 『 確率か……。くそどうでもいいな 』 生きていれば其でいい 羽があろうと無かろうとも、命以上に大切な物は無いだろう 俺もハクも飛べないのだから、また一羽、飛べない鳥が増えようとも変わりはしない ほんの少しだけ、空を求めるがそれも直ぐになれるもの 『 生きているだけで上出来だ 』 当たり前の事を呟いた俺に、アランは拳を握り締めた 咄嗟に動いた彼に、本能的に反応した身体はその腕を掴み地面へと押し付けていた 「 っ!!君は……!! 」 『 ビックリした。急に殴りかかんなよ。其れにしても御前……鈍った? 』 自分でも、脳より先に身体が動いたことに驚いてるが、それよりもアランの動作が遅く感じてしまった 本来なら、俺の頬でもぶん殴っていただろうが 今は空振りして、地面へと俯せで倒れてる状態だ あの運動神経もよくて、勇者となったアランとは思えないのは…何故だ 「 くっ……君は、もう……人間じゃない……!俺の知ってる、ルイじゃない……! 」 『 ……そりゃ俺は魔物だからな。人間じゃない 』 「 ちが、う……違う!! 」 何に怒っているんだ、何で泣きそうなんだ 御前が望んでいたジャックを助けたのに、何でそんな顔をしているんだ? 意味が出来ず驚いて、身体の力が抜ければアランは身体を動かしそのままこの部屋を立ち去った 逃げるように去ったその背中を追い掛ける気にもなれず、疑問符が浮かぶ 『 何が違うんだ?彼奴も魔物だろ? 』 糸が切れるような音が聞こえる気がして 目に見えない壁がそこに現れた感覚がする 手を伸ばそうにも壁によって触れることが出来ず、 それはまるで…外と城の境界線にも思えた 『 はぁー……疲れた。寝よう 』 考えていても疲れるだけ ジャックも寝ているし、起きてから話しかけようと思い自室へと戻った その日の夜は、余り寝心地は良くなかった 『( 完全に避けられたな…… )』 アランの姿が見えても逃げられる気がすることに溜め息は漏れる 別に喧嘩は前世でもよくあったからこそ気にはならないが、何となく胸元にあるネックレスに繋がった指輪が重く感じる 『 つける必要もないか…… 』 違和感を覚えたネックレスを外し、部屋の引き出しの中へと直せば気は軽くなった あんな重い気持ちや特定の物を持つのは俺には不要だったのかも知れないな 『 んー、ジャック起きないし。なにしようかなー 』 女王蜂として繁殖させる気にもならないし、誰かを茶化しにでも行こうかな、そう考えていればこっちに向かって走ってくるハクの姿がある 「 はっ、ルイ様!直ぐに……直ぐに来て下さい! 」 『 何でそう焦ってんだよ? 』 「 サタン様が……! 」 『 サタンがなに? 』 「 はぁ……んっ、はぁ……サタン様が次の王を御決めになるみたいです 」 実の父親である現魔王にして最強のサタン 彼が、次のサタンを決めると言った意味は分からない訳じゃ無い そんな急になんで?とばかりに驚き、ハクと共に走ってサタン城へと向かった 幹部を含めた殆どの者を召集して行われるのは、王位継承の義 余りにも突然で、そして予告無しだった為に玉座の間に集まった者達はざわついていた 『 サタン、どういうことだ!? 』 「 やっと来たね。我が愛しい娘とその雄達を……此より、王位継承の義を始める 」 俺の質問に答える前に、サタンは事を進めた 余りの事に怒りを覚えるが、此処にいる連中の顔触れを見て言葉を失った 十二人の魔王と、そして幹部やその部下 三万を越える兵士と数千の使用人は其々、玉座の間より外に並び、サタンの言葉を待っていた ネイビー、ハク、ブラオン、ロッサ、アラン そして、我が子達 皆、待っている様子に胸の中でザワザワと嫌な感覚がする 「 さて、全員が集まったようだから次のサタンを決めようと思う。三千年、俺に挑みに来た者は多かったが、どの奴も力は弱いと判断した。その為に直々に指名しようと思う 」 指名する…その言葉に彼等は一斉に片足を付き頭を下げた 次のサタンとして呼ばれることを求めてるように見える 何故、まだ若い父親が変わる必要があるんだ 腹に子供だっているのに……何故? その疑問は、後々答えられた 「 富、名声、力。その全てを手に入れることが相応しいもの……俺は、只一人と思っている 」 誰に選ばれるのか、それは薄々気付いた為に無意識にこの場で先頭で頭を下げている、紺色の髪をした魔王へと向けていた 「 ネイビー……御前を次のサタンとして認めよう 」 やっぱりと、誰もがそう思っただろう 力もあり、名を知られて、そして富を持ち、知能もある 全てを備えたネイビーだからこそ、サタンになることを否定する者はいない 褒めたいとおめでとうと言えるような相手だからこそ、ちょっとだけ笑みを溢せば 彼は下げていた頭を深くした 「 サタン様……自分は二千年を生きる魔王。既に年を重ねています。それに、俺は王になるよりも、その者を支える方が向いている。……嬉しい限りですが、誘いを拒否致します 」 「『 なっ……!? 』」 俺を含めて、他の者達も王位継承を拒否した事に驚きを隠せなかった 誰よりも権力のあるサタンからの言葉を断り、そして今の地位を維持することを求めた彼に、理解できずざわつけば 当の本人は声を上げて笑った 「 ははっ、矢張御前は断るか!ならば、ネイビー。誰が王に向いてると思うか? 」 王の器になるものが、拒否をすれば その者が選ぶ相手が王になる 当たり前のようで複雑な事に、少しだけ居心地の悪さを感じていれば ネイビーは顔を上げて、真っ直ぐ俺の方を見詰めた 『 えっ……? 』 「 俺は、ルイ様を選びます。貴方ならば、この先もこの命を捧げ御守りしたい 」 「 女王蜂がサタンに!? 」 「 そんな事が許されるのか! 」 女が王になることを認めないように 彼等の言葉は、いつも向ける女王蜂に対する感じでは無かった 手の平をひっくり返したような冷たい言葉に、胸は痛み焦りが生まれる 「 女王蜂だろうが、ネイビーが認めるならば俺もルイにサタンになって欲しいのだけどね? 」 『 いや、俺がサタンになれるわけがない!ネイビーのように強くも、賢くもない!なんで、俺なんだよ! 』 これ以上、俺に負担しろと言うのか? 女王蜂として、サタンとして、俺は此処から逃れることは出来ないのか “ 俺の知ってる、ルイじゃない “ そう言ったアランの言葉が頭の中でリピートして聞こえてくることに、やっと理解が出来た 俺は……人間と魔物ならば……魔物に味方をしてしまってるんだ…… それは、人間を止めてるって意味になるのか…… 『( そうか、俺はいつの間にか……人間を止めてしまったんだな…… )』 俺は魔物だから、そう言うことで此処に馴染めてる気はしてたが 前世のような人間性を捨てた気にはならなかった だが、知らず知らずに人間性を捨てていたのか…… ふっと、アランの方を見れば彼は目線を落とした 「 此れから学び、そしてこの魔界を繁栄すればいい。では、皆の者よく聞け。次のサタンはルイに決まった 」 「「 はっ!! 」」 『( 貴方はいつも……勝手に俺の未来を決めていくんだな…… )』 女王蜂になるために生まれさせ、そしてサタンを止めるついでに、俺をサタンとして次の後継者へと決めた もう少し俺に人間性があれば否定することも、逃げることも出来たのだろう だが、此処にいる奴等の顔を見れば否定する事が出来なかった 彼等は女王蜂がサタンになり、どんな風にこの魔界を繁栄させていくのか楽しみで仕方無いんだ 誰一人として、俺の気持ちなど考えるものはいない ネイビーやハクですら、彼等が求めるのは“ 魔界の繁栄だ “ 「 俺の魔力とサタンとしての継承をルイに……。此れから先、その命が尽きるまで……この魔界と魔物は御前のものだ 」 『 はい 』 貴方はいつも置いていく あの日も、何事も言わず置いていき母さんを困らせた そして、今回は……俺を困らせて、子を産むこと無くこの世から消えるのだろう 王位継承の証を与えた彼は、軽く笑みを向けた 『 っ……父さん!! 』 「 ルイ、後は好きにしたらいいよ 」 手を伸ばした時には、その身体は朽ちて灰へと変わった 掴む事が出来なかった身体、抱き締めることすら出来ず、そしてまともに会話すらしないままに 父親は、俺を置いていった 『 っ……ふざけるな……ふざけるな!!まだ二年だろ……二年の間に、交わした会話なんてたかが知れてるのに……あぁぁあっ!! 』 人間界に来た事で膨大な魔力を使い尽くしたとハクは言っていた 妻であったクロエが死んだ事で、そろそろサタンの寿命も近い事は薄々彼等には気付いていた そして、サタンが寿命だと言うのならば…… 彼から産まれた子は一番最初の者から、早いと言う事になる 『 ハク……御前の残りは何年だ…… 』 「 五百年と言いたいところですが、百年でしょう。人間にとっては十分なほどに共にいれますよ 」 『 ……そう、か。ならいい…… 』 サタンの座っていた玉座から見る彼等は 前より親しい仲に戻れないことを実感した 俺はサタン 彼等は下僕だ
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