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四十二話 生きる選択肢
ジャックが目を覚ましたのは、それから一ヶ月後
羽を失った事に泣くことも、右目がない事に驚くこともせず、只呆れたように笑っていた
「 ボクが寝てる間に女王蜂はサタンになり、あの無駄に似てる魔物は人間界に追放ね…… 」
『 御前も人間界に送ろうと思う 』
魔力がない分、命を五百年削ることになるが
それでも魔界が嫌で、人間の元で暮らしていたジャックにはいい選択肢だろう
「 ふはっ、人間界に戻る気はないよ 」
『 何故だ?魔界は嫌なんだろう 』
背中から胸元にかけて巻いていた包帯を外し
彼はシャツを羽織り服を着直せば、腰に剣をぶら下げ俺の方を見る
「 魔界も女王蜂も嫌いだけど、殺す気は無くなった 」
『 じゃ、どうやって生きていくんだ? 』
「 そうだね……。彼の跡を継ごうかな 」
『 跡を継ぐ? 』
ジャックが向ける視線の先には、医療室に残っている本や道具の数々
医師であったアランが居なくなった事で、シヴァとルビーが管理してるがまともに手術できるものはいない
簡単な手当てやら薬の種類を覚えてる程度の二人からすれば、医師が欲しいのだろう
この魔界には知識があるものは存在しないために諦めていたが、ジャックは“ 医師 “になることを目指すと言う
「 面白そうだからね。目や羽の傷を治したあの技術……。此所で働かせてくれるなら、ボクは君を殺しはしない 」
『( まるで、彼奴だな…… )』
幼いときのアランによく似ている言葉に
一瞬、彼と重なった容姿に笑みは零れ、鼻先は痛む
俺が追放したのに後悔してるからこそ、馬鹿みたいに泣きそうになる
『 嗚呼、好きにしろ……ルビーとシヴァがある程度は教えるだろうが、後は独学でやれ…… 』
「 ありがとう、嫌いな魔物をいたぶれるね 」
『 医師になるには、それだけ信用を取り戻さないとならない。御前に其が出来たらいいな 』
アランは簡単に彼等の信用を取り戻した
けれど、無知なジャックに其が出来るとは思わずに只、好きにさせてる程度に過ぎない
この医療室も、シヴァとルビーが使わなければ物置となるのだから、一人二人、好きに使っても誰も気にはしない
その代わり、怪我をしても手当てを求める者はいないだろう
「 君がボクを、気紛れでも助けたのだから……それには答えるよ 」
『 本当に助けたやつは、俺ではないがな 』
「 ん? 」
俺は助ける気を途中で失って、命があればそれでいいと思っていた
だが、目を覚ましたジャックが此処まで俺達に気を許してるのは、眠っていても手当ての中で向けられた好意を知ってるからだろう
『 ……彼奴は優秀な、医師だった 』
ポツリと呟き、その場から離れた俺は過去形で呟いた言葉に胸が痛む
俺がサタンになったことで、ロッサとブラオンは母国へと帰って行った
理由は自分の国の連中に、サタンが変わったことを伝えるのが目的でもあり、それと同時に同盟国と宣言する為だ
魔界が徐々に変わっていくなかで、変わらない者もいる
そいつ等は少しだけ、見ていて気持ちがいい
「 あ、ルイサマー! 」
「 ママ! 」
我が子達だけは、変わらず俺を母親と呼び
見掛ければ遊びを止めて抱き付いてくる
立場など関係がないほどに、この瞬間が嬉しくて仕方無い
『 御前達、色々学べてるか? 』
「 うん!ルビーがよく教えてくれます! 」
『 ふはっ、そうか 』
「 みーんな、下僕だからね! 」
相変わらずだと笑ってる俺に、ふっと目を向けたのはこっちには来ないルアナの姿
皆が楽しく幸せに、なんて名を付けたのに…自分の父親を、母親が追放すれば嫌な気持ちにもなるだろう
俺を見る目が、少しだけ恐怖心が混じってるのは分かる
『 ……ルアナ、こっちにおいで 』
「 !! 」
名を呼び手招きをすれば、ピクリと肩を揺らし彼奴のような目を大きく見開き、小刻みに身体を震わせた
その様子に寂しいと思うが仕方無いな
だが、諦める俺とは違い、ルビーやパールの瞳の色は変わった
「 ねぇ、なんでルイが呼んでるのに来ないの? 」
「 そうですよ。ルイサマの言葉に従えないなんて……デキが悪いですね 」
『 は?御前達、何を言ってるんだ?俺は気にしてないぞ 』
「「 ダメだよ/ですよ。母には従わなきゃ 」」
彼等の冷たい視線に恐怖を覚えた
ついさっきまで笑っていた表情は消え去り、ルアナに向かう姿を見て声を上げた
我が子達が、同じ兄弟へと喰らおうとした姿はまるで……
共食いだ
『 っ、ルビー!パール!!止めるんだ!! 』
「「 待て 」」
「「 !! 」
俺の声より先に止めたのは、彼等の父親であるネイビーとハク
自分の子に向けて刃を向けた事に、俺の脚はその場で崩れ落ち座り込んだ
『 なんで……こうなるんだ…… 』
幸せだったはずの生活は、音もなく崩れ落ちていく
俺のせいだ、全部俺が悪いんだ……
「 母さんの言葉にはちゃんと聞け 」
「 聞いてるよ?でも、ルアナが言うこと聞かなかったから 」
「 そうです。ルイサマは呼んだのに 」
「 その程度で食べてはなりません。貴重な雄を 」
ルアナを守っていたのは俺じゃないんだ……
彼奴だ、彼奴がルアナをこの簡単に兄弟を食おうとする魔物から守っていたのか
貴重な雄じゃ無ければ殺すことを許可してたのか
普通の子供だったらどうするんだ……
『 御前等……狂ってるよ…… 』
「「 ん? 」」
いや、狂ったのは俺の方か……
アランは全て理解してたのに、俺が全然分かってい無かったんだ
『 兄弟で殺し合うことを認めてない……。雄だろうが、無性別だろうが……俺にとって大事な子だ 』
「 ねぇ、母さん 」
『 ……なんだ? 』
ルビーの声に、俺はゆっくりと視線を向ければ
彼等の目は、余りにも怖かった
「 それだと、弱い者が残るじゃん。この世に必要なのは……強く知能がある者だけだよ? 」
『 っ!! 』
野生の世界で、弱い者から喰われていく
それは知っていたはずなのに、俺は忘れていた
弱味を見せれば“ 喰われる “
此所で生きてこれたのは強がっていたからだ
でも、今は違う……
例え女王蜂だとしても、弱く繁殖能力を失った者は喰われてしまう
俺を一番に喰っていい、そう約束したアランは此処にはいない
いるのは、二番目と三番目……
つまり、ネイビーが許可をすれば彼等の刃は俺に向けられる
“ 自分の身を守る見方を産まなければ、殺されますよ “
ハクが言っていた言葉が頭に過り、俺の身体は動かなかった
「 ねぇ、母さん……弟を作るのを止めたの? 」
「 ルイサマ、何故止めるのですか? 」
助けを求めようとしたときには……
俺の見方になるものは、この城にはいなかった
彼等を支配していたサタンも
俺を守るために堕天したアランも
もう、この世にはいない
全て気付いたときには
取り返しがつかないところまで
堕落していた
「 守って欲しければ、俺を夫にしろ 」
この世で一番、敵に回してはいけない者を
俺は気付かなかったんだ
『 っ……ネイビー 』
「 御前の生きる選択肢は、はい、しか無いぞ 」
見方にする者を間違えて
手を振り払う者を間違えた
掴んではいけない手を、
俺はこの先、とらなければいけない
生きる為に、俺は自分の過ちに目を逸らすんだ
『 嗚呼、ネイビー……俺の夫として傍で守ってくれ 』
「 ふっ…その言葉をずっと聞きたかった。守ってやる。“俺の女王蜂“ ……そう言うことだ。ルビー、母さんの言葉は聞けよ」
「 はーい!分かったよ 」
女王蜂は全ての魔物を支配できる
そんなの嘘であり、まやかしだ
実際には、女王蜂が全ての魔物に支配されている
サタンがいたから俺は好きに動けて
アランがいたから俺は此処に止まれた
二人がいない今、俺は繁殖をする為だけの
女王蜂に過ぎない
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