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焼却炉にゴミ箱の中のゴミを捨てながら思った。
あの噂、もしかしたら、本当なのかもしれない……と。
先ほどの彼女の表情が頭に蘇る。
俺の言葉で傷付いた、そんな表情をしていたのだ。
もし仮に噂が本当だったとしたら、彼女からしてみれば、心底耐えられない話だったのではないだろうか。
彼女自身、不本意で自分の気持ちが相手に伝わってしまってた事に焦らずにはいられなかっただろうに。
俺にとってはただの噂だが、彼女にとっては違う。大切にしていた想いを無造作に晒され、あげくの果てにはその想い人かもしれない相手に「気にしてない」と片付けられてしまったのだ。
「酷いこと、言ってしまったかも」
良かれと思って言った言葉が、相手を傷付けてしまったかもしれない。その事実に、膝が少しだけそわそわと震えた。居心地が悪い。走って彼女に「ごめん」と告げた方が良のかもしれないが、そこまで足が動こうとしないのだ。
噂が、本当なのか、そうじゃないのか、結局のところ、知っているのは彼女だけ。でも、その彼女が真実を口にしないかぎり、噂は噂のままで真実にも嘘にもならない。
ここで俺が彼女を追うことは果たして得策なのか……?
「……はあ、やめよう」
彼女が何も口にしないのなら、俺がどうこう言うことではない、そう思うことにした。
仮に噂が本当だとしても、俺は彼女に恋愛感情などないのだから、結局、彼女を傷付ける。
だから、何もなかったことにしよう。
噂は噂のまま。
彼女の悲しげに笑った顔のその真実には、これ以上触れないままで。
それが一番良い方法だ。
「……全く森田のやつ」
噂の大元となった写真を撮影したクラスメートに対し、悪たれを溢す。
そもそも森田が紛らわしい写真を撮らなければ、こんな迷惑な噂もたたなかったのだから、嫌みの一つや二つは言ってやりたい。
噂はいつかは消えるだろう。
きっと、こんなに盛り上がっていた周りの殆どが、数ヵ月後、数年後には忘れてしまうのだろう。
でも、「たかが噂だろう」と馬鹿にしていた自分には、忘れられない出来事になりそうだーーと、空のゴミ箱を見て思った。
彼女の悲しげに笑った顔は、これからの人生の中で、ふとした瞬間に思い出す、そんな感じがした。
校舎の窓から、賑やかな生徒の声が漏れ、耳に届く。夏の青い匂いが鼻を霞め、制服から出てる首に生暖かい風があたる。
見上げた空は、入道雲が広がり、まさに夏空だった。
今起きた彼女との小さな出来事は、この光景と共に、俺の記憶に残るのだろうーー。
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