ふと、思い出すこと

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 期末テストが終わり、解放感溢れる教室の中で、クラスでカースト上位にいるだろう女子が、浮わついた声音で、なんの脈略もなく話し掛けてきた。 「湯浅さんが渋沢のこと、好きってまじ?」 「は?」  いつか聞いたことのあるような話題を唐突にしてきた目の前の女子に対し、怪訝そうに眉を潜める。何言ってんだコイツーーその心の声は、口には出なかったものの顔には出ていただろう、たぶん。 「え、知らないの? 結構噂になってるよー! で、実際どうなの?」 「どうって何が?」 「ありか、なしかってこと」 「どういう意味で」  くだらない、本当に。  質問の意味は分かるが、中身のない問いに嫌気がさしてわざと分からないふりをする。  色恋の話題になると、どうしてこのように、周りは必要以上に騒ぎ立てるのだろうか。  俺の連れない態度に、女子生徒は少し苛立ちを露にして、「告白されたら付き合うのかどうかってことなんだけど」と、予想を裏切らない解答に、此方も苛立ちを隠さずに溜め息を吐いた。 「付き合わないよ。ていうか、そんな誰がしだしたかも分からない噂を、いちいち真に受けるとか馬鹿じゃん。そもそも、受験生なんだから、塾とかでそれどころじゃない」 「つまんなーい。本当、渋沢って真面目だよねー」  つまんなくて良い。  真面目で結構。  それで誰がお前に迷惑を掛けたというのだ。暇潰しなら他でやってくれ。 「まあ、湯浅さんだもんね。そりゃあ、ないよねー」  湯浅さんだもんねーーという発言に、少々意地悪な感情がわいてきた。 「まあ、お前よりはだいぶましだけど」  この言葉は、相手を黙らせるには効果的だったらしく「はあ? 渋沢ってまじ性格悪っ!」と言って目の前から去っていった。 「ーーおいおい、誠~。赤城さん、めっちゃ怒っちゃったじゃん。大丈夫なん?」 「別に気にしない。ていうかどうでも良い」  少し離れたところで一部始終を見ていたらしい例の噂好きの友人が、心配げに話し掛けてきた。 「それより、あの噂ってまだ広まってるの? 湯浅さんが俺のこと好きとかなんとかって」 「まあ、お前が思っている以上には……」  友人の返答に大きな溜め息が漏れ、「よっぽど皆、暇なんだな」と呆れ混じりに言った。 「暇っていうか、勉強勉強な毎日だから、新鮮な面白い話が刺激になってるっていうかさ、それで余計に噂が広がってるんだよ」 「噂って……。たった一枚の何気ない写真から、誰かが臆測で言い始めたことだろ。俺も大概迷惑だけど、湯浅さんはもっと迷惑なんじゃないの?」 「ま、まあ、そうかもだけど……」  俺の言葉に、友人はばつが悪いように視線を逸らした。 「でも、皆がこの噂に踊るのも分かるんだよねぇ。学年一のイケメン秀才に片想いする地味な女子とか、漫画みたいじゃん」 「漫画みたいってなんだよ」  そんな二次元の世界を俺に求められても困る。 「まあ、そんなカリカリするなって。湯浅さんも、その噂は否定してるみたいだし、すぐ終息すると思うから」  友人は困り顔で笑いながら、俺の肩をポンポンと二回ほど叩いた。  俺も迷惑しているが、この件に関しては彼女ーー湯浅さんの方がもっと面倒くさいことになっているのだろう。彼女からしてみれば、周囲が勝手に自分の好きな人を決めて盛り上り噂にされてしまっているのだから。
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