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そもそも、俺と湯浅さんには接点が一つもない。話したことだって殆ど無いはずだ。だから、彼女が俺のことを好きになる理由なんてない。
たった一枚の写真で、良くもまあ色々と想像できるわけだ……。
その想像力を少しでも勉強に活かせば良いのに。数学の図形問題くらいには役に立つ気がするーーと、俺は心底呆れたように本日二度目の溜め息を吐いた。
放課後、音楽室の掃除の途中、最後のごみ捨てをじゃんけんで決めることになり、見事一発で負けた俺は、しぶしぶ一人で校舎裏にある焼却炉に向かった。
ーーあ。
焼却炉の前まできたところで、ある人物を目の前にして自然と足が止まった。そこには、噂のもう一人の相手である湯浅さんがいたからだ。
ちょうど顔を上げた彼女とばっちりと目があった。肩につくくらいの彼女の髪が、さらりと風で揺れる。
「お、お疲れ」
目があってしまった手前、無視は出来ない。適当に言葉を掛けて、横を通りすぎようとしたその時だった。
「あ、あの」
か細くて、少し高めの声が俺の足を止めた。
「何?」
振り向いて彼女を見ると、そっと視線を外される。
そして唐突に「ごめんなさい」と消えそうな声で謝られた。
「えっと、何が?」
どうして謝られたのが分からず、困惑を露にすると彼女は慌てたように口を開いた。
「わ、私のせいで……変な噂たってるから」
「ああ、噂のことか。別に湯浅さんが謝ることじゃないでしょ」
「でも、迷惑掛けてるみたいだし……」
「まあ、面倒くさくはあるけど、だからって、湯浅さんが悪いわけじゃないし、湯浅さんに謝られても困るっていうか」
「そ、そうだよね……」
俺の言い方が悪かったのか、彼女の声は自信なさげにどんどん小さくなる。
「まあ、ただの噂だし。俺、全然気にしてないから」
「え……?」
「だから、湯浅さんも気にすることないと思うよ。それよりも勉強に集中した方が良いって」
「あ、うん……そうだね」
そう言って、彼女は小さく頷いて悲しげに笑った。
ーーあ……。
思いがけない彼女の表情に、俺は言葉を飲み込み、一呼吸置いてから、「じゃあね」と一言だけ口にし、彼女の横を通りすぎた。
後ろから「うん、ばいばい」と小さな声が耳に届いたが、俺はそのまま振り向かずに焼却炉へと足を進めた。
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