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33章
気を失ったノピアを見たクロエは、フンッと鼻を鳴らすとアンのほうを見た。
アンは胴体に穴の開いた電気仕掛け子羊――ニコを抱きながら、虚ろな表情でクロエのほうを見ている。
先ほど、玉座の間の天井から現れた配線が突き刺さったとき――。
その影響で、彼女の体は酷く消耗してしまっていた。
それと――。
目の前でニコを失ったのもあったのだろう。
今のアンは心も身体も戦える状態ではなかった。
それでもノピアたちが現れたことに、今の彼女の精神は支えられていた。
だが、その4人は全員クロエによって倒されてしまった。
アンは酷く怯えていた。
その手の中の豊かな毛をしたニコの体にすがるように、その身を震わせている。
そんなアンの姿を見たクロエは、ノピアに向けていた体を彼女のほうへと動かし、歩き出す。
「アン·テネシーグレッチが希望ねぇ。残念だけど、この子は私の新しい肉体……そして未来よ」
クロエがそう言うと、崩れた天井でじっとしていた配線が再び動き始めた。
その太い配線がまるで生きた蛇のように、クロエの傍へと近寄っていく。
それを見たクロエは、ニヤッと口角を上げた。
「あら? やっと羊の呪いが解けたようね」
ニコが発動させたものは、クロエ自体に何かしらの機能停止を強いるものだった。
だが、どうやらそれも時間切れになったようで、彼女は再びPersonal link(パーソナルリンク)――通称P-LINKや、マナ、キャス、シックス、クロムたち自我を持つ合成種の能力を取り戻したようだ。
「ノピア·ラシックは、何をどう思って“私たちの勝ち”だなんて言ったのかしら?」
きっと死ぬ間際の負け惜しみだろう。
クロエは人間がそういう生き物だったことを思い出し、クスッと笑った。
「じゃあ、アン。あなたの体を奪ってからノピア·ラシックを起こすことにしましょうか。楽しみだわ。それを見た彼はどんな顔をして、どんな声を聞かせてくれるのかしら」
配線がクロエの体に突き刺さっていく。
そして、アンの真上からも配線が忍び寄っていた。
ストリング城と自分を接続し、それをアンにも繋いで彼女の体に自分の精神意識――データを上書きするつもりだ。
「や、やめ……て……」
アンはか細い声を出してはいたが、全く逃げようとしていなかった。
その姿は彼女の年齢――。
恐怖に怯える16才の少女そのままの姿だった。
ノピアが言っていたこと――。
まだ戦える人間はもうアンだけとなったが、いくら彼らよりも軽傷とはいえ、今の心が折れている彼女には荷が重すぎる。
マシーナリーウイルスの適合者として完全に目覚めたとはいえ、本人に戦う意志がないのなら、ノピアが言ったことは叶わない願望に過ぎなかった。
「さあ、その肉体を私のものに」
クロエが恍惚の表情でそう言った。
だが、その顔が急に苦痛で歪んでいく。
「な、なんなの!? これは一体!? ぐはぁッ!!!」
クロエの体の中で何かが動き回っている。
頭に手をやり、激しく呻く。
そして、苦しみ出した彼女の体から、小さな石が飛び出してきた。
それは合成種の核――まるで命を輝きを思わせる水晶だった。
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