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39章
クロエはすぐに態勢を変え、グレイに手を翳して光の矢を放とうとした。
だが、その突き出した掌からは、何も出やしなかった。
「何故、何故なの……? 一体何が起きたっていうのよッ!!!」
クロエは自分の掌を確認するように見ると、再びグレイに向けて手を翳したが、何度やっても結果は同じだった。
激しく狼狽えるクロエ。
グレイはそんな彼女のことを、無表情で見つめていた。
「無駄だよ。今のあなたは俺と繋がったことで、その能力をすべて封じられている」
それから彼は静かに話を始めた。
自分の体は、電気仕掛けの羊――。
ニコとルーと同じように構成された肉体なのだと。
「何を言っているのよ? あなたは私が作った合成種……」
「合成種のシープ·グレイはもう死んでいる」
グレイがクロエを遮って言った。
それから彼は、今言ったことの意味を説明し始めた。
彼が言う合成種のシープ·グレイは、目の前にいるグレイを作り、そして自分のことを殺させた。
すなわち今ここにいるグレイは、合成種のグレイが作った人造人間なのだと言う。
「彼は俺と一緒にニコとルーも作ったんだ。あなたの機能を停止できる機械をね」
グレイが言葉を発する度に、彼の全身から出ている配線が、さらにクロエの体に突き刺さっていく。
クロエはグレイと繋がれているせいか、まるで金縛りにあっているかのように動けないでいた。
「じゃあ、あの羊たちが私の能力を封じたのも、今こういう状態なのもすべてあなたが仕組んだことだったわけッ!?」
「ああ、俺が……いや、あなたの作った合成種のシープ·グレイが考えていたことだ」
合成種のシープ·グレイは、ずっとコンピュータークロエを倒す方法を考えていた。
だが、合成種の自分では、創造主であるクロエには逆らえない。
何か策を用意しても、クロエの持つ強力なPersonal link(パーソナルリンク)――P-LINKで心の中を読まれてしまう。
そこで考えた彼は、自分の記憶をコピーした人造人間――。
今ここにいる電気仕掛けのシープ·グレイを作ったのだそうだ。
「あの子が私に逆らうなんて……そんなこと、ありえないわッ!!!」
余程ショックが大きいのか――。
クロエはロミーの機械の義眼から血を流し始めていた。
電気仕掛けのグレイは話を続ける。
「シープ·グレイ……彼はあなたに言われ、あなたの新しい肉体を探すために世界中を見て回った……」
それが合成種のシープ·グレイがクロエを倒すことを決めた理由なのだと、グレイは言った。
合成種のシープ·グレイは、世界中を旅して色々な人たちや文化に触れた。
そして、多くの人を愛し、愛された。
「彼はこの世界を愛していたんだ。だから反旗を翻した。……話はここまでだよ、ママ。さあ、俺の体内で永遠に眠るんだ」
「何をするつもりッ!?」
恐怖に怯え、震えているクロエの問いに、グレイは最初のときと同じ顔――無表情のままで返事をした。
まず、クロエが今いるロミーの身体からグレイの身体へと、強制的にデータを移行する。
そして、自身の能力である空間を開く力で、亜空間へとこの頭を飛ばすのだと。
「そんなことをしたらあなたも死んでしまうわよ!!!」
「いいのさ……俺とニコ、ルーは、コンピュータークロエを倒すために作られたんだから……」
「待ちなさいグレイッ!!! 私がいなくなったらこの地球が死ぬ!! 人間たちによって殺されるのよッ!!!」
「たとえそれでも……彼は……シープ·グレイは人間を……この世界を愛していると言うだろうな……」
その言葉を最後に――。
グレイとクロエを繋げていた配線がうねり始めた。
激しく悶えながらクロエは、次第にその目の色を失っていった。
「あぁぁぁッ!!! シープ……グレイィィィッ!!! 私の羊は……母よりも人間を……選んだっていうのぉぉぉッ!?」
頭を抱えて咆哮したクロエ。
その精神は、すべてグレイの体へと移された。
クロエのデータが抜けたロミーの体は、その場で糸の切れた人形のように倒れる。
「終わった……これで俺の役目も……」
データの移行が済むと、グレイもロミーと同じようにその場に倒れてしまう。
「グ、グレイ……」
アンは傷ついた体を無理矢理に立ち上がらせると、グレイの傍へと駆け寄った。
そして、倒れている彼の体を起こすと――。
「な、なんだ!?」
突然全身に重力が掛かる。
壊れた壁や、割れた地面から、電子の火花がバチバチと音を鳴らし、至るところから爆発音が聞こえ出した。
「これは……まさか……?」
アンは最悪の状況を思い描いていた。
そう――。
彼女の考える最悪の状況とは――。
今まさにストリング城の崩壊が始まり、地上へと落下していることだった。
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