40章

1/1
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ

40章

アンはグレイに声をかけ、一刻(いっこく)も早くこのストリング城から脱出(だっしゅつ)しようと言った。 だが、彼はただ笑みを()かべるだけで、その体を動かそうとはしなかった。 「何をしているんだグレイ!? 早く、早くしないとッ!!!」 アンが動かないグレイに何度も声をかけ続けていると、彼はゆっくりと口を開いた。 「俺はシープ·グレイじゃない。ただ彼の記憶(メモリー)を持った機械(きかい)さ」 「何を言っているんだ!? 私にとってお前はグレイだよ!!!」 グレイの言葉に怒鳴(どな)り返したアンは、そこからまくし立てるように(しゃべ)り始めた。 自分と(いもうと)のローズの(いのち)(すく)ってくれたこと――。 そして、ここまで(そだ)ててくれたこと――。 彼女は、今までグレイと()らしてきた日々(ひび)(さけ)び続けたのだった。 「だから……私にとって……グレイはお前だけだよ……」 そして、彼女は(しま)いには泣き始めてしまった。 (たお)れているグレイの顔に、アンの目から(なが)れる(なみだ)がポタポタと落ちる。 グレイはその水滴(すいてき)(あたた)かく感じていた。 ああ、本当に(やさ)しい子に育ってくれた。 そんな君だからこそみんなが力を()してくれたんだ――と、グレイは内心(ないしん)(ほこ)らしく思っていた。 「さあ……行くんだ、アン……」 まるで(かわ)いた果実(かじつ)(しぼ)るかのように、グレイは声を出した。 だが、アンは泣き顔で(くび)左右(さゆう)()るだけだ。 「ヤダだ……ヤダだぞ!! 私と一緒じゃなきゃヤダ……。グレイ……一緒に行こうよ。私が絶対(ぜったい)に助けるから……」 そんな彼女を見たグレイは、やれやれとため(いき)をついた。 そして、そのか(ぼそ)い声で返事(へんじ)をする。 「もう……助けてもらったよ。……俺はずっと……ただプログラミングされたことをやっていただけだったけど……。アン……君のおかげで……」 「グレイ!? しっかりして!!!」 グレイが言葉に詰まると、アンは()()こした彼の体が、物凄(ものすご)く熱くなっていることを感じた。 どうやらグレイの体は、これ以上クロエのデータを管理(かんり)――抑えることに耐えられないようだった。 「アン……君にも……ローズにも言いたかったことがある……」 グレイはそういうと、アンの(ささ)えを(はな)した。 そして、そのギョロついている大きな瞳を細め、彼女に向かってニッコリと微笑(ほほえ)む。 「……愛してる」 その言葉と共にアンとロミーの体は、灰色(はいいろ)空間(くうかん)へと飲み()まれた。 そして、気がつくと目の前には、ロミーたちが()ってきた小型(こがた)高速飛行船(こうそくひこうせん)――ホワイトファルコン号があった。 突然の瞬間移動(しゅんかんいどう)。 アンはこれがグレイの能力(のうりょく)であることを理解(りかい)すると、地面(じめん)にその機械(きかい)(こぶし)(たた)きつけた。 「グレイのバカ……」 アンはそう(つぶや)くと、すぐに立ち上がった。 そして、横で気を失っているロミーを(かつ)いで、ホワイトファルコン号へと乗り込む。 アンはロミーを(ゆか)に寝かすと、飛行船の(かじ)(にぎ)って発進(はっしん)させようとした。 だが、いくらやってもエンジンがかからない。 (くず)れた城の(かべ)天井(てんじょう)破片(はへん)が当たって、どこか重要(じゅうよう)部分(ぶぶん)破損(はそん)したのか? だが、アンにはその箇所がわかっても修理することはできない。 「もしかしてダメなのか……? くそッ!!! ここまで来てッ!!!」 それでもアンは諦めなかった。 乱暴に舵を叩き、そこらにあるスイッチを片っ端から押し、何度も発進させようとしていると――。 「おい、聞こえるか!! アン·テネシーグレッチ!!!」 聞き覚えのある男の声。 忘れるはずもない。 彼女のことをフルネームで呼ぶ男は、あの者だけだ。 「聞こえているなら返事をしろ!!!」 ノピア·ラシックがホワイトファルコン号の横に立っていた。 アンは飛行船の窓を開け、彼に声をかける。 「生きていたんだなノピア!!!」 「ふん。お前らとはくぐってきた戦場の(かず)(ちが)う。この程度(ていど)修羅場(しゅらば)、いくつも()えてきた」 (はな)()らし、キザな仕草(しぐさ)――。 いつものノピア·ラシックがそこにいた。 その姿を見たアンが、安堵(あんど)表情(ひょうじょう)を浮かべていると――。 「今からこいつを動かすぞ」 ノピアはそういうと、ホワイトファルコン号に手をかけた。 その掴んだ(うで)次第(しだい)機械化(きかいか)していく。 そして、その腕からはバチバチと火花(ひばな)()り始めていた。 「とりあえず空中に出してやる。後は自分でなんとかしろ」 「ふざけるなよノピア!!! お前も早く乗れ!!!」 アンの叫び声を聞いたノピアは、ズレてもいないスカーフの位置(いち)(なお)し始めた。 そして不機嫌(ふきげん)そうに言う。 「勘違(かんちが)いするな。お前との決着(けっちゃく)はこんなところではつけん。もっと別の舞台(ぶたい)用意(ようい)し、そこでケリをつける」 「だけど……私が助かってもお前はッ!?」 ()われたノピアは口角(こうかく)を上げて、スカーフを直し終わった手をホワイトファルコン号に(かさ)ねる。 「私はストリング帝国の将軍だぞ。お前みたいな一兵卒(いっぺいそつ)に心配されるほど落ちぶれちゃいない。そもそもアン·テネシーグレッチ。お前と私では役者が違うのだ」 そういうとノピアは、ホワイトファルコン号を力づくて放り投げた。 空中へと投げ出されたホワイトファルコン号は、そのまま落下していく。 「ノピアァァァッ!!!」 ノピアはアンの叫び声を聞きながら、その様子を(なが)めて笑った。 「私はこんなところでは死なん。……皇帝閣下(かっか)の意志……世界が平穏(へいおん)になるその日までな」
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!