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40章
アンはグレイに声をかけ、一刻も早くこのストリング城から脱出しようと言った。
だが、彼はただ笑みを浮かべるだけで、その体を動かそうとはしなかった。
「何をしているんだグレイ!? 早く、早くしないとッ!!!」
アンが動かないグレイに何度も声をかけ続けていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「俺はシープ·グレイじゃない。ただ彼の記憶を持った機械さ」
「何を言っているんだ!? 私にとってお前はグレイだよ!!!」
グレイの言葉に怒鳴り返したアンは、そこからまくし立てるように喋り始めた。
自分と妹のローズの命を救ってくれたこと――。
そして、ここまで育ててくれたこと――。
彼女は、今までグレイと暮らしてきた日々を叫び続けたのだった。
「だから……私にとって……グレイはお前だけだよ……」
そして、彼女は終いには泣き始めてしまった。
倒れているグレイの顔に、アンの目から流れる涙がポタポタと落ちる。
グレイはその水滴を暖かく感じていた。
ああ、本当に優しい子に育ってくれた。
そんな君だからこそみんなが力を貸してくれたんだ――と、グレイは内心で誇らしく思っていた。
「さあ……行くんだ、アン……」
まるで乾いた果実を絞るかのように、グレイは声を出した。
だが、アンは泣き顔で首を左右に振るだけだ。
「ヤダだ……ヤダだぞ!! 私と一緒じゃなきゃヤダ……。グレイ……一緒に行こうよ。私が絶対に助けるから……」
そんな彼女を見たグレイは、やれやれとため息をついた。
そして、そのか細い声で返事をする。
「もう……助けてもらったよ。……俺はずっと……ただプログラミングされたことをやっていただけだったけど……。アン……君のおかげで……」
「グレイ!? しっかりして!!!」
グレイが言葉に詰まると、アンは抱き起こした彼の体が、物凄く熱くなっていることを感じた。
どうやらグレイの体は、これ以上クロエのデータを管理――抑えることに耐えられないようだった。
「アン……君にも……ローズにも言いたかったことがある……」
グレイはそういうと、アンの支えを離した。
そして、そのギョロついている大きな瞳を細め、彼女に向かってニッコリと微笑む。
「……愛してる」
その言葉と共にアンとロミーの体は、灰色の空間へと飲み込まれた。
そして、気がつくと目の前には、ロミーたちが乗ってきた小型の高速飛行船――ホワイトファルコン号があった。
突然の瞬間移動。
アンはこれがグレイの能力であることを理解すると、地面にその機械の拳を叩きつけた。
「グレイのバカ……」
アンはそう呟くと、すぐに立ち上がった。
そして、横で気を失っているロミーを担いで、ホワイトファルコン号へと乗り込む。
アンはロミーを床に寝かすと、飛行船の舵を握って発進させようとした。
だが、いくらやってもエンジンがかからない。
崩れた城の壁や天井の破片が当たって、どこか重要な部分が破損したのか?
だが、アンにはその箇所がわかっても修理することはできない。
「もしかしてダメなのか……? くそッ!!! ここまで来てッ!!!」
それでもアンは諦めなかった。
乱暴に舵を叩き、そこらにあるスイッチを片っ端から押し、何度も発進させようとしていると――。
「おい、聞こえるか!! アン·テネシーグレッチ!!!」
聞き覚えのある男の声。
忘れるはずもない。
彼女のことをフルネームで呼ぶ男は、あの者だけだ。
「聞こえているなら返事をしろ!!!」
ノピア·ラシックがホワイトファルコン号の横に立っていた。
アンは飛行船の窓を開け、彼に声をかける。
「生きていたんだなノピア!!!」
「ふん。お前らとはくぐってきた戦場の数が違う。この程度の修羅場、いくつも越えてきた」
鼻を鳴らし、キザな仕草――。
いつものノピア·ラシックがそこにいた。
その姿を見たアンが、安堵の表情を浮かべていると――。
「今からこいつを動かすぞ」
ノピアはそういうと、ホワイトファルコン号に手をかけた。
その掴んだ腕が次第に機械化していく。
そして、その腕からはバチバチと火花が散り始めていた。
「とりあえず空中に出してやる。後は自分でなんとかしろ」
「ふざけるなよノピア!!! お前も早く乗れ!!!」
アンの叫び声を聞いたノピアは、ズレてもいないスカーフの位置を直し始めた。
そして不機嫌そうに言う。
「勘違いするな。お前との決着はこんなところではつけん。もっと別の舞台を用意し、そこでケリをつける」
「だけど……私が助かってもお前はッ!?」
問われたノピアは口角を上げて、スカーフを直し終わった手をホワイトファルコン号に重ねる。
「私はストリング帝国の将軍だぞ。お前みたいな一兵卒に心配されるほど落ちぶれちゃいない。そもそもアン·テネシーグレッチ。お前と私では役者が違うのだ」
そういうとノピアは、ホワイトファルコン号を力づくて放り投げた。
空中へと投げ出されたホワイトファルコン号は、そのまま落下していく。
「ノピアァァァッ!!!」
ノピアはアンの叫び声を聞きながら、その様子を眺めて笑った。
「私はこんなところでは死なん。……皇帝閣下の意志……世界が平穏になるその日までな」
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