5章

1/1

27人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ

5章

(こぶし)を当てられ、アンは思い出していた。 大事な人を(うば)ったのは自分も同じだと。 だが、ノピアはその大事な人を奪った相手に(ふたた)び戦えと言っている。 「わ、私は……」 何か言いたい――。 それが謝罪(しゃざい)なのか、言い(わけ)なのか自分でもわからないが、続く言葉が出てこない。 アンが(だま)ったまま、ノピアのことを見つめ続けていると――。 「どうやら多少(たしょう)マシな顔になったようだな」 そう(つぶや)いたノピアは、先ほど(つか)まれてズレたスカーフの位置を直すと、(にぎ)っていた(こぶし)でアンの顔面(がんめん)(なぐ)りつけた。 不意(ふい)をつかれ、その拳をまともに受けてしまったアンは軍幕(ぐんまく)テントの外まで飛ばされてしまう。 それを見ていたニコが悲鳴(ひめい)のような()き声を出した。 だが、ニコを抱きかかえていたメディスンが、それ以上(さけ)ばないよう押さえる。 ノピアは、アンが()き飛ばされたテントの外へと、ゆっくり歩いていく。 「今の一撃(いちげき)はシープ·グレイからだ。お前がウダウダ言っているようなら、(あら)っぽくてもいいから(かつ)を入れてやってくれとな」 アンはその言葉を聞いてすぐに立ち上がった。 そして、ノピアに(つか)()かる。 「お前……まさかグレイに言われて私のところへ来たのか?」 「ああ、(さっ)しの(とお)り、私は伝達人(メッセンジャー)だ」 アンはノピアの体を掴んだまま、グレイから何を言われて来たのかを答えろと、大声を出した。 ノピアは掴まれた両手(りょうて)を引き(はな)し、またズレたスカーフの位置を直す。 そして――。 「これまでのことを知りたかったら、俺のところへ来てくれ……。奴からは、そう伝えるように言われた」 ノピアがグレイに(たの)まれた伝言(でんごん)。 それはアンにとって、彼が何故自分たちを(だま)していたのかを教えるという意味だった。 何故(おさな)かったアンとロミーを(すく)ったのか? そして、どうして今になって裏切(うらぎ)ったのか? その答えは、彼がコンピュータークロエの作った合成種(ごうせいしゅ)キメラだったからだ。 だが、(つか)まえたノピアをわざわざ自分の(もと)寄越(よこ)して、グレイは本当は何をしたいのか? それが――彼にもう一度会えばわかる。 アンは表情(ひょうじょう)をキリっとしたものに変えると、メディスンのほうへと向かった。 そして、彼に抱かれていたニコを手に取り、その白く(ゆた)か毛を持つ体を力強(ちからづよ)く抱きしめる。 「ごめん……ニコ。私はいつも(なさ)けなくて……こんなんだからみんなに迷惑(めいわく)をかけてしまうんだよな……」 アンに抱かれたニコは、彼女の(むね)の中で(うれ)しそうに鳴いている。 「ニコ……こんな私と一緒にグレイのところへ行ってくれるか?」 (おだ)やかな声で言うアン。 ニコは大声で鳴いて返事をした。 電気仕掛(でんきじか)けの子羊(こひつじ)了解(りょうかい)()たアンは、目の前にいるメディスンの(かた)を強く(たた)く。 「メディスン。私とニコは行くぞッ!! ストリング城へな!!!」 そして、ブラッドとエヌエーのいる場所を聞くと、早足で歩いていってしまった。 (のこ)されたメディスンがポカンと(たたず)んでいると――。 「世界の危機(きき)より個人的(こじんてき)な理由か。あの女らしい」 そう言いながら、ノピアが不機嫌(ふきげん)そうにスカーフの位置を直していた。 メディスンは、そんな彼の言葉を聞いてつい笑ってしまった。 「(わす)れるな、アン·テネシーグレッチ!! お前との決着(けっちゃく)邪魔(じゃま)なものをすべて片付(かたづ)けてからだ!!!」 そして、小さくなっていくアンの背中(せなか)に、ノピアは大声で叫んだ。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加