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5章
拳を当てられ、アンは思い出していた。
大事な人を奪ったのは自分も同じだと。
だが、ノピアはその大事な人を奪った相手に再び戦えと言っている。
「わ、私は……」
何か言いたい――。
それが謝罪なのか、言い訳なのか自分でもわからないが、続く言葉が出てこない。
アンが黙ったまま、ノピアのことを見つめ続けていると――。
「どうやら多少マシな顔になったようだな」
そう呟いたノピアは、先ほど掴まれてズレたスカーフの位置を直すと、握っていた拳でアンの顔面を殴りつけた。
不意をつかれ、その拳をまともに受けてしまったアンは軍幕テントの外まで飛ばされてしまう。
それを見ていたニコが悲鳴のような鳴き声を出した。
だが、ニコを抱きかかえていたメディスンが、それ以上叫ばないよう押さえる。
ノピアは、アンが吹き飛ばされたテントの外へと、ゆっくり歩いていく。
「今の一撃はシープ·グレイからだ。お前がウダウダ言っているようなら、荒っぽくてもいいから喝を入れてやってくれとな」
アンはその言葉を聞いてすぐに立ち上がった。
そして、ノピアに掴み掛かる。
「お前……まさかグレイに言われて私のところへ来たのか?」
「ああ、察しの通り、私は伝達人だ」
アンはノピアの体を掴んだまま、グレイから何を言われて来たのかを答えろと、大声を出した。
ノピアは掴まれた両手を引き離し、またズレたスカーフの位置を直す。
そして――。
「これまでのことを知りたかったら、俺のところへ来てくれ……。奴からは、そう伝えるように言われた」
ノピアがグレイに頼まれた伝言。
それはアンにとって、彼が何故自分たちを騙していたのかを教えるという意味だった。
何故幼かったアンとロミーを救ったのか?
そして、どうして今になって裏切ったのか?
その答えは、彼がコンピュータークロエの作った合成種キメラだったからだ。
だが、捕まえたノピアをわざわざ自分の元に寄越して、グレイは本当は何をしたいのか?
それが――彼にもう一度会えばわかる。
アンは表情をキリっとしたものに変えると、メディスンのほうへと向かった。
そして、彼に抱かれていたニコを手に取り、その白く豊か毛を持つ体を力強く抱きしめる。
「ごめん……ニコ。私はいつも情けなくて……こんなんだからみんなに迷惑をかけてしまうんだよな……」
アンに抱かれたニコは、彼女の胸の中で嬉しそうに鳴いている。
「ニコ……こんな私と一緒にグレイのところへ行ってくれるか?」
穏やかな声で言うアン。
ニコは大声で鳴いて返事をした。
電気仕掛けの子羊の了解を得たアンは、目の前にいるメディスンの肩を強く叩く。
「メディスン。私とニコは行くぞッ!! ストリング城へな!!!」
そして、ブラッドとエヌエーのいる場所を聞くと、早足で歩いていってしまった。
残されたメディスンがポカンと佇んでいると――。
「世界の危機より個人的な理由か。あの女らしい」
そう言いながら、ノピアが不機嫌そうにスカーフの位置を直していた。
メディスンは、そんな彼の言葉を聞いてつい笑ってしまった。
「忘れるな、アン·テネシーグレッチ!! お前との決着は邪魔なものをすべて片付けてからだ!!!」
そして、小さくなっていくアンの背中に、ノピアは大声で叫んだ。
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