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ポジティ部
「ようこそポジティ部へ」
部長の桜坂が一人の新入生を部室へ促した。
「素敵!一年生って希望に溢れているわ!」
「素敵!」
「素敵!」
部長に続くように部員達が口々に繰り返した。新入生は部員達の煌びやかな笑顔に圧倒されていた。
「私達ポジティ部は、世の中のすべーての事をポジティブに」
「ポジティブに!」
部員同士は手を繋いで、新入生を囲んで丸くなった。
「世界の全ては○で出来てるの。さぁ○になりましょう」
「なりましょう!」
「なりましょう!」
突然、一人の女学生が部室に走り込んできた。
「騙されないで!この人達おかしいから!」
「何を言ってるの?」
「全然ポジティブじゃないから!見てよ、この画像!」
女学生は、深夜に大量のわら人形に杭を打ちつけている部長の画像を新入生に見せた。
「違う、それは違うのよ」
「部長、どういう事ですか?」
「部長、どういう事ですか?」
女学生は更に部長に詰め寄った。
「このわら人形に貼られている顔写真は、ポジティ部の部員でしょ!」
「違う!」
部長を慰めていた部員達は、眉をひそめて部長からそっと距離を置いた。
「部長、それは本当ですか?」
「部長、それは本当ですか?」
部長は大きく首を横に振ったが、部長の言葉は部員達には全く届いていない。女学生は更に画像を印刷した300枚の紙を部室の窓から外へバラまいた。ヒラヒラと部長の呪い画像が校庭へ舞っていく。
「アンタがポジティ部なんて、片腹痛いわよ。むしろ、あんたなんかネガティ部よ」
部長はその場にうずくまって泣き始めた。
「悔しかったの。私より顔が綺麗で頭がいい部員達が羨ましかったの……」
部員はそんな部長の姿を見て吐き捨てるように言った。
「ポジティ部、やめます」
「ポジティ部、やめます」
そこに顧問の照丘がドアを勢いよく開けて、入ってきた。
「お前達、ポジティ部だろう?今こそポジティブになる時じゃないのか?」
校内放送が流れた。
「今こそ、ポジティブになる時」
グラウンドで練習していた野球部と陸上部が、練習を一斉に止めてグラウンドに一つの円を描くように整列した。そして全員が叫んだ!
「今こそポジティブ!」
廊下からブラスバンドの音が聞こえてきた。それに合わせて部員が踊りながら歌い始めた。
♪
誰にでも失敗はある
誰にでも欠点はある
顧問が続けて歌った。
♪
それは学生の本分
これは人間の性分
でも私達はやり直せる
失敗から立ち上がって
ポジポジティブティブ!
グラウンドの生徒達も手の振りをピッタリ揃え、音楽に合わせて踊った。
♪
ポジポジティブティブ!
ポジポジティブティブ!
部室の生徒、顧問、校庭の部員達、部長を罵っていた女学生、廊下を歩いていた用務員、皆が音楽に合わせて歌い踊った。そして一人うずくまっていた部長が立ち上がった。
部室の電気が消えて、部長にスポットライトが当たった。そしてピアノのかなしげな音色が流れはじめ、部長はゆったりとした力強いトーンで歌い始めた。
♪
そうね、私が落ち込んじゃダメ
だってポジティ部部長だもの
「部長!」
「部長!」
曲調が変わり、トランペットが高らかに鳴った。
♪
私はポジティブ!
ポジティブの名の下に生まれたの
「ポジティブ!」
♪
おみくじが凶?
皆の悪運を吸収してあげたからそれでいい
「ポジティブ!」
♪
歩いてたら肩に鳥の糞?
このままにしておけば
肩にタンポポの綿毛が止まって、
糞を栄養にして肩からタンポポが生えるわ
「ポジティブ!」
部長は入部申請書を手にし、新入生の前で心の底から歌いあげた。
♪
だから、あなたにも
ポジティ部に入部して欲しい
私はあなたとー!
あなたとー!
あなたとー!
ポジポジティブティブー!
新入生を部長や部員達が囲んで、膝をついて手を差し伸べた。そして、部長を輝かせていたスポットライトが新入生に当たった。まるで新入生は舞台の真ん中に立つミュージカルのようだ。
部長は高らかに叫んだ。
♪
さあ!
ポジティ部へ、いらっしゃーい!
音楽が部長の歌に合わせてジャン!とピリオドを打った。王子様が跪いてシンデレラにガラスの靴を渡すが如く、部長は入部申請書を新入生に差し出した。
呆気にとられた新入生は、無言のまま部長以下部員達を見つめた。
「あ、説明してなかったわね。私達フラッシュ・モ部と兼部してる人が多いの」
新入生はそっと頭を下げ、部室のドアに向かった。そして部屋を出てドアを閉める時に一言呟いた。
「……気持ち悪い」
部長はこの新入生のリアクションをどのようにポジティブに捉えるか、部員を集めて議論を始めた。
(了)
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