また穴が開いた

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また穴が開いた

「また、タンクの壁に、穴が開いたってよ」 諦め口調の伝達を受けた俺は、修理班に閉口しながらもその旨を伝達に飛ばした。  この所、燃料生成所に甚しく負荷が掛かり、俺達のいる第一工場の巨大なタンクの壁が壊れ易くなっている。  また穴が開いてしまった。堪ったものではない。  第一工場は酸を使う。いくら頑丈な造りとはいえ傷一つでもついたら大変だ。そこへ大量に原料を投入、栄養ドリンクや芳しきアルコール等を次々と放り込まれっぱなし。搬入口や通路にもパニック状態の伝達が、流れ込んでいた。  お調子乗りの社長が安く受け過ぎているからだ。  これじゃ稼働ストップだ。 「これじゃ直らないっすよ!停止しないと!」 修理班の悲鳴。  でも生成所の頭脳である経営陣は全く無視の様子。  仕方なく俺は、修理班に応急修理をと伝達を飛ばした。……返答が来ない。  何があった?   しばらく経って返答が来たが、  声がおかしい。 「おい、どうした!」 「今から玉砕するので後を宜しく頼む」 ……最後通達だったとは。  残った俺達はどうすりゃいいんだ。 ふざけんなよ。  やり場無く愚痴を溢す。  俺の役割は、燃料生成所内第一工場の管理と伝達。  この工場は、第二以降の工場での過程で大事な役目を果たしている。その為使用される酸はなんでも溶かせる強い酸だ。防護膜があるが、問題があってタンクの内側を溶かしてしまう事も考えられる。  穴でも、じゃなくて穴は開いているのだ。さあ大変である。 俺の伝達は頭脳たる社長にも飛んでいた。  こっちには、怒りの声が早速飛んで来ていた。  口だけだったら何とでも言える。  やかましい!   犬が吠えているのと一緒だ。黙ってろ。  更に同僚から伝達が来た。追い討ち。 「おい、貯蔵工場でまたトラブルだ。故障の連続で対応が遅れている。また稼働不能に陥った。これじゃ燃料が供給出来やしない」 こっちも大変なのに。貯蔵工場もかよ。 「また?この前アルコールと重油が大量に入ってきてパンクしたんじゃなかったか?」 「お前ね、故障と修理を何度も繰り返してんだからさ、そりゃぶっ壊れるって」  ビーッ!警報器が唸りを上げた。 大量のアルコールが流れ込んで来た。でも次へ向かう門が開かない。逆流を始めた。タンクが収縮、振動が始まる。地震のようだ。  芳しい匂いのアルコールが悪臭に変わる。  俺達も同じように痙攣を起こしていた。  く、苦しい……。  逆流したアルコールに酸が混じり、搬入口に向かって一斉に逆流して行った。酸が搬入口へ通じる道を破壊し始める。凄い匂いだ。搬入口は大騒ぎとなっていた。  社長の声が、ヒステリックに響く。 「お前ら、ガン首揃えて何してる⁉︎大脳小脳のオレ達も大騒ぎじゃないか!駆動系の筋肉に収縮しとるじゃないか!  まずい。本体全部ぶっ倒れるぅ!」  知るか。こっちがぶっ倒れそうだ。まずい事になったのは大脳、あんたがどんどん余計な物を摂るからだ。アルコール、ニコチン、薬…。 社長達経営陣への不平不満が、工場内で紛糾していた。追い立てるように警報の音が、あちこちで唸り立てていた。  修理班も手が追い付かず次々と倒れていく。  アミノ酸から作られている巨大なタンクは、使用されるいる酸の為に、壁に大穴が開き、収縮を起こし、穴を塞ごうとする。  酸から内壁を守る為の防護膜も、ピロリ菌やアスピリンのお陰で役に立たない。  阿鼻叫喚とは正にこの事。  社長は青筋立てるばかりで手立て無し。  第一工場は、タンクの中に出来た傷や穴で、細胞で出来た壁が収縮する。この工場で一旦燃料は何時間もかけ蓄積される。アルコールもここで吸収されるが僅かなものである。  ここでまたも燃料が、爆発的に逆流した。  工場内の仲間が悲鳴を上げて、俺に助けを求めてきた。ぎゃっと、叫んだ俺は、アルコールに浸されながらも何とかならんかと、必死に伝達を飛ばしていた。  細胞で出来た、第一工場の巨大なポンプ兼タンクは、またも大きく収縮していく。収縮でタンクが踊り出すように、跳ねるように、工場内で暴れ始めていた。  そこかしこで液体漏れ。仲間達が逃げる。    貯蔵工場でも、故障と修理の連続でガチガチに固まっていた。燃料貯蔵という役目が果たせず、流した燃料が逆流してしまう。  燃料供給も最早ストップである。打つ手無し。  俺は、アルコールで麻痺されても、胃と呼ばれる第一工場が破壊されるのを見届けながらも、何か打つ手はないかと伝達を飛ばし続けていた。  でも、やがて終りの時は来る…………。  男が一人、路上に倒れていた。動かない。  胃液を吐いた跡がある。アルコールと胃液と血液等のブレンドされた嘔吐物。  男は仕事一筋に生きてきた。残業とストレスに追い込まれ、酒と煙草で解消してばかりの日常だった。挙句の果てに身体を壊した。  胃潰瘍で腹がキリキリ痛い。肝硬変とも診断された。顔色も悪く目も黄色い。体重もガタ落ち。入院は確実だった。 でも男は立ち上がろうとする。企業の駒という一つの内臓細胞のように。しかし、それも末期状態。待っているのは、死、だ。  男はこの状態でも、血を吐くように言った。 「俺に、酒と煙草と仕事が無くなったら、何が残る、っていうんだ……?」
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