A nostalgic girl wearing a red beret ~赤いベレー帽をかぶっていたあの頃の君へ

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知世は、成田の警察署に拘留されたが、48時間拘留期限が過ぎた後、なぜか弁護士が迎えに来て、釈放された。 てっきり、さくらが手配した弁護士かと思ったが、そうではなかった。 元検事出身の堀部という弁護士とともに乗った車は、紀尾井町のホテルニューオータニに入った。 「どうぞ、こちらに」 堀部弁護士に案内されて入った一室には、驚くべき人物がいた。 「ご案内しました」 堀部弁護士がいうと、 「お手数をおかけしました。後は、こちらで」 と一礼して、この人物は引き取らせた。 「知世ちゃん、お久しぶり」 「大沢君・・・・・」 成立したばかりの竹下内閣で官房副長官を務める大沢一郎衆院議員だった。 「まあ、座って」 テーブルを間にはさんだ席に、二人は着いた。 大沢一郎の父・佐伯は、安保改定国会で安保特別委員会の委員長であり、その自宅は、安保反対派の激しい抗議にさらされた。 家族までも危険にさらしてはいけないと思った知世は、大沢私邸を攻撃する反対派を抑えるため駆けつけたが、そこで反対派にかこまれた大沢一郎を見た。 「大沢の息子か、恥を知れ」 と罵られても、当時、高校三年生だった大沢一郎は、 「父は間違ったことはしていない」 と毅然とした態度をとっていた。 このときの大沢一郎の行動に胸打たれた知世は、その後も何度か大沢私邸に駆けつけた。 そのときから友人関係に在った二人だった。 紅茶をすすりながら、大沢一郎は、 「知世ちゃんは不起訴処分になるよ。空港公団はあそこの土地が欲しいだけだ。居座っていた車両放火容疑者は、勝手に押し入っていただけのことになっている」 といった。 「大沢君が助けてくれたのね」 笑って知世がいうと、 「僕も政権党の代議士だからね。それに、今は小渕官房長官の下で、副長官だ。社会の秩序を維持する役目がある」 大沢一郎は自分がおかれた立場を述べた。 「私に活動家を引退しろっていうのね」 知世は友人の意図を察した。 「もうアクティブな現場からは退いた方がいいんじゃないのかな。もう、いいかげん僕たちは齢だよ」 大沢一郎は笑った。 「でも、あなたは政治家としては駆け出しだわ」 「昭和44年に初当選してから、もう20年になるのに、やっと官房副長官だ。だが、知世ちゃんは違う。一人の主婦に戻って、平穏に暮らす権利がある」 「戻れるかしら?」 「人生にはエネルギーが尽きるときが来る。そこが引き際だよ。君のお母さんもそうだったんじゃないのかな。去年のダブル選挙で潔く身を退かれた」 「母はオールドタイプの活動家よ。衆院議員に初当選した時点で、時代に乗り遅れていたのよ」 大沢一郎はカップを置いた。 「もう分かっているはずだ。ここから先、活動家としての青蓮院知世の人生はないということを」 知世は目を伏せた。 「私はどうすればいいの?」 「まずは海外にでもいけばいいのいいんじゃないかな?パスポートはとれるはずだよ」 知世には、大沢一郎のいうことが分かった。 「大沢君が幕引きをしてくれてよかった。小沢君がいなかったら、どうなっていたか」 「知世ちゃんは、僕のアイドルだからね。銀座にパーラーで一回だけデートしてくれたのは忘れないよ」 三池から帰って昭和35年の11月、結婚式直前なのに、純雄に内緒で、銀座のパーラーで会ったとき、知世が席に車での間、大久保利通の本を読んでいた。 「さあ、そのドアを出た瞬間から、知世ちゃんは自由だ」 促されて、知世は立ち上がり、一礼してドアの向こうへ去った。 暫くして、元警察官僚の佐々敦之が入って来た。 「これで大人しくなりますかね」 佐々がいうと、 「佐々さんも知世ちゃんには、散々、振り回されたんでしょう」 と大沢一郎が応じた。 佐々は頭を掻いた。 「僕も振り回されたよ。ずっと会ってなかったけどね。いや、これからも振り回されるのかな」 知世と大沢一郎が再会して共闘するのは、2008年の派遣村以降のことである。
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