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「昨日のバスケで…」
(うんうん、やっぱりバスケの時だ!)
「剥離骨折しちゃって」
(えー! 骨折?! 大変じゃない!)
「右手だからノートが困るんだよなあ。今日は社会があるし……。社会の真野先生、黒板に書く量がめちゃめちゃ多いから」
西くんは包帯に包まれた右手を見て、肩を落とした。
(ノート、これだ! 西くんに接近するチャンス!)
和歌の傍にもどると、西君の分もノートを取るように耳元で叫んだ。そして授業中ずっとノートをいつもよりも丁寧に書くように、あれこれと耳元でささやいた。そのかいあって、和歌が西君の分としてバインダーからルーズリーフを一枚取り外して書いたノートは分かりやすくきれいに書けていた。
けれど授業が終わって、和歌にルーズリーフを西くんに渡すように言おうとしたら、西くんが隣の席の子にお礼を言っているのが聞こえてきた。
「ノート、ありがとう。自分で書くよりもきれいだよー!」
隣の席の斉藤さんが、「お安い御用さ!」とおどけて答えている。どうやら斉藤さんが西君のノートも取ってあげたようだった。
「あ、あー。残念。和歌もきれいにノート書いたのにねえ。」
聞こえないとはわかっているものの、つい話しかけてしまう。無駄な事をさせてしまった。かえってがっかりさせてしまったかもしれない……と和歌に申し訳ない気持ちになった。
(私、「ごめんね」も伝えられないんだな……)
ないはずの心臓が、雑巾のようにぎゅっと絞られたみたいに苦しくなる。
「でも西くんが困らなくてよかったよ」
和歌が小さくつぶやいた。私はハッとして和歌を見た。
(和歌、私に返事した?……まさか……ね?)
死んでしまってから今まで、誰にも私の声が聞こえたことはなかったのだから。気のせいだといくら自分に言い聞かせても、二年間誰とも言葉を交わしていなかったので、ただの偶然だと思ってもジンとしてしまう。
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