下校の時間

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 ふいに宙に引っぱられるような引力を感じた。私は浮かべるけれど、それでも自分の意思とは関係なく宙を引っ張られる感覚は怖くて、ギュッと目を瞑ると、生きていた時の記憶が駆け抜けた。私が生まれ、だんだんと育っていく。  もしかするとこれが走馬灯というものだろうか? 急な事故で死んでしまった私には死んだ時の記憶がない。気が付いたら幽霊になって学校に漂っていたから、走馬灯というものを見るのは初めての経験だ。  思い出のフィルムが弟が生まれたところまで来ると、急にエレベーターの上昇が止まる時のような感じがして停まった。  おそるおそる目を開けてみると、弟の左肩の上に浮かんでいた。学校帰りなのだろう。友達と歩いている。  「うわ。たったいま赤ちゃんだったのに! なんだかおっさんになったなあ 」とクスクス笑う。つるんとした卵肌の赤ちゃんは成長し、今や耳の下に剃り残しの髭まである。   友達と楽しそうに笑っている弟の耳を引っ張って叫ぶ。  「お父さんとお母さんをよろしく頼むね! 結婚するなら性格のいい娘を選ぶんだよ!」  弟は耳をカリコリ、と掻きながら、空を見上げた。  「ごめんね、まだ空にはいないんだ。ここだよ!」と話しかけて、頭を撫でる。  まだ弟が小さい時、やっていたみたいに。そして頬っぺたを摘まむ。弟の柔らかなほっぺたの感触が好きで、お母さんに隠れて(かじ)ったりして泣かせた事もあったっけ。でも弟の頬は、もうあの頃のようにふにふにじゃない。  「頼もしくなったじゃないか! 私の分まで長生きするんだよ!」ちょっとお姉さん風を吹かせて、偉そうに頼む。  でも本当は手を合わせて頼みたい。  「お父さんとお母さんよりも、先に死んじゃダメだよ! こっちに来ても、追い返すからね。私の分まで長生きするんだよ!」
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