下校の時間

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 言いたいことを言ってしまうと、先ほどと同じような引力を感じて、気が付けばお父さんの横に立っていた。まだ会社にいるようだ。自分のデスクに座って、目を(つむ)ってこめかみを()んでいた。  「お父さん、目が悪いもんね。疲れ目かなあ」  私は冷たい手をお父さんの(まぶた)にあてた。ひんやり、気持ちがいいだろう。だけど、疲れ目の場合、温めたほうがいいのかな? と心配になって、お父さんを覗き込むと気持ちよさそうにしていたので、少しの間そのままにしておいた。  私とお父さんはとても仲が良かった。小さい頃からよく遊んでもらったし、勉強もよく教えてもらった。  「お父さん、今までありがとう。お父さんの娘でよかった……」  ありきたりな言葉しか出てこなかったけれど、全身全霊で(体はないけれど)お父さんにありがとうの気持ちを込めて抱きついた。私がお父さんに会いに来たと伝えたいけれど、なんの手段もないのが悲しい。  お父さんは伸びをすると、鞄を持って立ち上がった。さっきよりも目がほんの少し大きく見える。少しは疲れを取ってあげられたのかもしれない。私は満足して浮かび上がった。せっかく外に出てきたのだから、思い出の場所に寄りながら、ゆっくり学校へ戻ろう。生きている時の友人たち。プリクラをよく撮った思い出の場所。たまに立ち寄っていたファミリーレストラン、嫌だけど頑張っていた塾。  「思い出の場所なんて、たいしてないもんだなあ……」とため息をつく。  今後生まれるときには、回りきれないほどたくさん、思い出を作ろうと思う。
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