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「食べられないよ、お母さん……。だって私、幽霊なんだもん」
もしかして、成仏したらお供え物を味わうことが出来るようになるのだろうか? せっかくお母さんが私のために買ってくれたミルクスフレプリンもパリパリ焼きシュークリームも食べられないと思うと、なんだか悔しくて悲しい。
お母さんはしばらく手を合わせてから、シュークリームを片手に立ち上がった。そしてスティックのカフェラテの粉を大きなマグカップに入れると、紅茶のティーバッグを垂らしてお湯を注いだ。
コーヒーと紅茶を混ぜて作る鴛鴦茶という飲み物を、自己流にアレンジしているのだと言っていたことを思い出す。
「本場の香港ではユンヨンツァーって言うのよ」と得意げな顔をして教えてくれたっけ。
生きている時はお母さんに「飲んでみる?」と聞かれても「えー、コーヒーと紅茶を混ぜるの? いらない」と断っていたが、一度くらい飲んであげればよかった。
お母さんが鴛鴦茶を手に持ち椅子に腰かけながら、隣の椅子もちょっと引いた。
「お母さん、気がきく!」とふざけて言う。椅子がテーブルの下に仕舞われたままだったら、私はお母さんの隣に立っているしかないところだった。まさか私のために椅子を引いたのではないだろうけれど、と思いながら椅子に腰掛けると、「さ、一緒に食べよう」と、お母さんが言った。
「えっ……? お母さん、私の事分かるの?」と聞いたが、お母さんが私に気が付いていないことはすぐにわかった。視線は手元のシュークリームに向けられていたし、言葉もこぼれ落ちるだけで、私に向けられてはいなかったからだ。
お母さんはシュークリームのセロファンを開くと、隣の席、つまり私の前に置いた。そして自分はマグカップから鴛鴦茶を一口飲んだ。
「あなたは鴛鴦茶、飲まないもんね。シュークリーム、食べてね」
「うん。うん、お母さん……」
思わずシュークリームに手を伸ばすと、シュークリームの幻影のようなモノを手に持っていた。そっと口に運ぶと、甘い、甘い味がした。
「美味しい……。美味しいよ、お母さん。先に死んじゃって、ごめんね」
それは一番伝えたかったことだった。私はお母さんに抱きついた。
お母さんが鴛鴦茶をコクッと音を立てて飲むと、私も一緒に味を感じた。ほんのり甘く、思いのほかさっぱりした味だった。
「美味しいね、お母さん……」
「美味しいねえ」
お母さんがシュークリームをかじって宙に言う。ただの独り言だ。けれどそれだけで、心が暖まる。
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