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菜々子と再会して盛り上がった、それからおよそ一ヶ月後のことである。
「……ただいま、朋香。おい、顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
帰ってきて早々に、年上の夫である秋にはそう心配されてしまった。私は慌てて首をぶんぶんと振り、笑顔を作る。
わかっている。彼は、何の関係もない。小学校が一緒だったわけでもなく、大学に入ってから東京に上京してきた地方出身の彼には何の関わりもないことだ。巻き込んではいけない――ただ私の夫である、それだけの理由で。
「だ、大丈夫。少し風邪気味なだけだから。ごめんなさいね、買い物に行けなかったせいで、晩御飯冷凍食品になっちゃって」
「いや、いつも作るの大変だろうし、具合が悪いなら無理するべきじゃない。片付けとかも俺がやっとくから、今日は早めに寝ろよ?」
「うん、そっちこそ疲れてるのに……ありがとうね」
夫が知っていることなど、本当にごく一部だろう。――つい数日前に起きた、近所に越してきたばかりの一家が惨殺された事件。その殺された妻が私の小学校時代の友人だった、きっと理解しているのはそれだけだ。
酷い事件だった。首を切られて即死していただけの夫と息子とは違い、妻は生きている状態で拘束され、手足を丁寧に切り刻まれて殺されていたというのだから。全く見知らぬ相手でもなかったその女性と一家の最期に、私が心を痛め、そしてショックを受けている。きっと夫はそう思っているのだろうし、それはけして間違ってはいない。
ただその先に――彼にも、誰にも言うことのできない事実が隠れ潜んでいるというだけで。
――警察に言ったら……言ったら!この人が、殺されてしまうかもしれない。そして私も……!
ポストに投函されていた、切手のない脅迫状と夫の隠し撮り写真。
防犯カメラを設置しておけば、なんてことを考えても完全に後の祭りである。治安の良い地域だ。他の家だって殆どそういったものを設置しているところはなかった。未だに、凄惨な事件の犯人はわかっていない。
だが、メディアでは報道されていなくても、警察はとっくに気づいていることだろう。――この数年間で、“海ノ原西第三小学校の元六年二組”の卒業生が、立て続けに行方不明になったり殺されたりしているなんてことは。
『絶対許さない。
お前達にいじめられた一年間を私は忘れない。
警察や他の誰かに言ったらまずはお前の一番大切な人を殺す。
みんな切り刻んで殺してやる。
地獄に突き落としてやる。
次はお前だ
岡崎峯子より』
全部、思い出した。
思い出したけれど、でも。
――私も菜々子も夢ちゃんもみんなみんな……悪くなんかないじゃない!あんたが、いっつもクラスの空気を壊すから、それじゃダメだって教えてあげてただけでしょ。あんなののどこがいじめだっていうのよ!!
買い物にも行けない。外に出るのが怖い。
卒業アルバムの中――あの丸い枠の中の少女が。じっとりと粘ついた視線で、いつでも自分を睨んでいるような気がしてならないのだ。
――誰か、誰か助けて。私……私達死にたくない!
理不尽だと思えど、差し伸べてくれる手はどこにもない。
私にできることは一つだけ。真っ暗な闇の中、来るかもしれない二十年後の報復の時を――ただひたすら怯えて待つことだけだったのだ。
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