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「ねえ菜々子……誰だっけ、この子」
その女の子の顔に、全然見覚えがなかったということである。
眼鏡をかけていて、少し太っているその子。はれぼったい唇にそばかす、はっきり言って美人とは程遠い外見だ。しかし、滅茶苦茶ブサイクというほどでもない。むしろ超絶なブスであったならかえって印象に残ったことだろう。その少女はいつの写真だか知らないが、一人丸く切り取られた枠の中から、じっとりと暗い視線をこちらに向けているのである。
「ん?あれ、この日休んだ子なんかいたっけ。全然覚えてないや。名前一覧のページ見ればわかるんじゃない?」
「それもそうか」
菜々子も記憶にないらしい。私はページを戻り、その少女の名前を確認した。
岡崎峯子。
名前を聞いて、うっすらぼんやりと彼女のことを思い出す。本当にうっすら、だが――確かそんな名前の、クラスで浮くほど地味な女の子が一人、いたようないなかったような。
「あー、いたかも。岡崎さん。いっつも暗くて、一人で絵描いてた。あんまりよく覚えてないけど。話した記憶も殆どないし」
微妙な顔をする菜々子。多分今私も似たような顔になっていることだろう。なんせ、卒業写真を撮影する日に、彼女が欠席していたことさえ今日の今日まで忘れていたほどである。
「まあクラスに一人はいるよね、空気読めないというか、読む気がないというか、一人でいるのが好きな地味な子。この子もそういうタイプだったんじゃない?全然覚えてないけど」
「おう、菜々子さすがはっきり言うなあ。昔から協調性がない子は嫌いだったもんね」
「そりゃそうでしょ。みんなで放課後運動会の練習しよう!って言ってるのに、塾があるわけでもないのに断るヤツとかめっちゃムカつかない?空気読めって思わない?みんなで仲良くする気がないの?みたいなさー。みんなで仲良くしましょうなんて、幼稚園の頃からスローガンとして掲げられるような事なのにね。どうしてそれが守れない奴がいるのかねー」
何でもものをはっきり言う性質は、相変わらずであるようだ。私は菜々子のこういうところは嫌いではない。時々毒が強すぎてうっとなることもあるけれど、裏を返せば彼女はお世辞を言ったり嘘をついて誰かを持ち上げるようなタイプではないからだ。ある意味、とても信用できるとでも言えばいいだろうか。ダメなものはダメとちゃんと言ってくれるおかげで、後で拗れる心配もない。それが非常にありがたいとは思っていたのである。
まあ、クラスで一人、絵を描くのが好きだったというだけの子を、ここまでボロクソに言うのはどうかと思うけれど。いかんせん私もこの岡崎という少女のことを全然覚えていないので、フォローのしようもないというのが実情で。
「……そうだ、ついでに嫌なこと思い出しちゃった」
名前一覧ページを見ていた彼女が、小さく声を上げる。
「倉持夢ちゃん、覚えてるかな。六年二組で一番足が速かった子」
「ん?……あー、あの子か、覚えてるよ。いっつもポニーテルで、キミィちゃん大好きだった子でしょ」
「うん。実は私、夢ちゃんとも年賀状やり取りしてたんだけどさ。……亡くなったらしいんだよね、去年の暮れに。喪中ハガキが旦那さんから来ててさ」
「え」
私は思わず写真の中の“倉持夢”に眼を落とす。体は小さかったが、運動神経抜群でいつもかけっこで一等賞だった少女だ。運動会でも、リレーのアンカーとして非常に頼りにされていた。みんなのまとめ役をするのも得意で、確かクラスの委員長を勤めていたのも彼女だったのではなかっただろうか。
写真の中の少女は、拳を上げてひまわりのような笑顔をカメラに向けている。生きていても、まだ三十二歳。死ぬにはあまりにも若すぎる。事故か何か、だろうか。
「私も後で気づいたんだけど……テレビのニュースにもなってたのよ、知らない?」
菜々子は、さっきまでとは打って変わって暗い面持ちとなり、声を潜めてそう告げた。
「行方不明になってて。……十二月に、足の一部だけ見つかったんだって。まだ体とか頭とか、それ以外の部分が見つかってないらしいの。それってさ……つまり、そういうことでしょ。あんなに足速かったのに、それを切っちゃうなんて酷いよね。……しかも、生きてる状態で切られたんじゃないか、ってネットニュースには書かれてたし」
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