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兄ユウキ達とはうって変わり、妹ユエはあのラーストチュカことExHジャッジメントスワローの新たなパートナーと言う事や最年少参加者という事、そしてまだまだ初心者なのもあってか一躍時の人になっていた。
小学校でも教師達や生徒達に応援され、多くの人と触れ合う機会も増えた。元々、ユエは大人しい性格で目立つ事もなかったので、この変化には戸惑いつつも素直に喜んで受け入れる。
ラーストチュカの方も引退してから姿をくらましていたのもあり、連日連夜追いかけ回される……ということは幸い避けられていた。人として暮らせるようにと国際ExH委員会(IEC)が取材関連のそれに制約をかけ、ラーストチュカとユエやその周りの者達に迷惑がかからぬように手を回しているらしい。
またジャッジメントスワローには非戦闘時の形態もあり、その場合は人と変わらぬ容姿も持っているのだが、この姿とスカイ・アンダーソンとしての見た目がどうやら一致しないらしく、人前でユエといる時は上手く使い分けて一致されないように努めている。今はまだ、胸を張って言えない部分もラーストチュカにはあったからだ。
年の差カップル、という表現が適当かはわからないし人によっては不健全と言うかもしれないが、ユエとラーストチュカはそれ程に強い繋がりを持っており、その点はユウキを含め周りの者達の公認である。
もっとも、ブラックだけは慇懃無礼にラーストチュカに応対し、それはユウキにとって悩みの種ではあった。
「対戦が近いのもあるから手の内を見せると言うことはできないと思いますが、今日は部の見学ということでゆっくりしてください」
「ありがとうヒメカワ部長。それより、ハルト君の手を放してあげたらどうかな?」
カオリの丁寧な対応にスカイも丁寧に応え、慌ててハルトの首を絞める腕を放すカオリを見て微笑む。
かつてのパートナーと、その仲間達と過していた頃をスカイは思い出す。あれから11年、失ったものの大きさも分かるが、同時に新たに得たものの大切さや自分の復帰を喜ぶ声には何度感謝しても足りない。
ラーストチュカことジャッジメントスワローの整備はほぼ自分で行っている。ユエも少しずつ覚えていっているものの、やはりまだまだ手がおぼつかない部分がありやらせるのは難しい。
その為、ユエの整備をカオリが監督する形で今日は軽いメンテナンスだけを行う予定である。無論、対戦であたるであろうハルトとユウキ達は部室から追い出してから行う。
「えっと……ここは……こう?」
「それでいい。でも取り付け方が甘いわ、ちゃんと絞めておかないと試合の時に整備不良を起こす」
「は、はい! それじゃあこっちは……」
「違う、そこはリード線を使ってバイパスを確保してからするの」
SDボディを持たないジャッジメントスワローの整備に関しては、ラーストチュカはCOREを外さずに見守るという形を取っている。本来ならSDボディがないExHの整備はCOREを外すものだが、あえてそうせずにいるのはカオリの案である。
ラーストチュカが意識があるという事でプレッシャーをかけ、ユエの技術を短期的に向上させる為である。そのかいもあってか、ユエの手先は始めた頃よりも格段に器用になっていた。
無傷とまではいかないがジャッジメントスワローの損傷はそれなりにあり、今回は腕周りの回路の交換と全体のメンテナンス。何も言わずにラーストチュカは真剣な表情で必死に整備を進めるユエを見守り、時折監督するカオリと目を合わせユエの評価をやり取りする。
おっかなびっくり作業を終えて大きく息を吐くユエは緊張の糸が切れて椅子に座り込み、カオリの「上出来よ」という一言を聞いて合格を貰えて安堵する。
腕を動かすラーストチュカもメンテナンス前の違和感が消えてるのを確認し、こちらもまた合格ラインなのを微笑む事で表す。
「やっとうまくいった……」
「そうね。もうこんな時間だもの」
部室の時計を見つつ答えたカオリに合わせてユエも確認すると、既に夕方6時半を時計は指しており、部員達もほとんど帰宅している状態。
合格通知はもらえたものの、ユエはカオリ達はそういった作業をもっと速くできる事を知っていて、その為にどれ程の努力を重ねたのかもよく理解している。
「ご、ごめんなさい……もっと早くできるように……」
「別にメンテナンスはできなくてもオペレーターは務まるわ。例えばチームで活躍するオペレーターはメンテナンスを専門スタッフに任せるケースもあるもの。もっとも、どっかのExH好きな普段可愛いくせに試合になるとキリッとする後輩曰く、メンテナンスできる方がExHの事をよく知れて試合にも活かせる、そうよ」
腕を組んで指をトントンと鳴らしながらカオリはユエをフォローしつつ、何かを思い出し苛立ちを見せている。名前こそ出さないものの、彼女の言う後輩とは十中八九ハルトの事だ。
しかし、ハルトの名前を出すと兄ユウキにしたようにドライバーを投げつけてくるかもしれないと思うと、とても恐ろしくて聞けない。ユエはそっと聞きたいという思いを飲み込み、ジャッジメントスワローからスカイ・アンダーソンへと姿を変えたラーストチュカはそれに気づきつつ苦笑する。
「ヒメカワ部長のおかげでユエとは上手く組めてる。本当に感謝しているよ」
「私はそこまで言われる程のことはしていません。彼女があなたと共に戦いたい、その強い思いの背中を押してあげてるだけです……羨ましい限りです」
スカイの感謝にカオリも恐縮しつつ応じ、小声で何かを漏らすもユエは聴き取れずスカイは聴き取りつつも聴かなかったふりをしてユエの頭を撫でてやる。
「ユエ、ちゃんと挨拶するんだ」
「もう! 子供扱いしないでよ、私だってちゃんと挨拶します!」
頬を膨らませてスカイに軽くぶつかるユエ。仲睦まじいやり取りにカオリも思わず笑みが溢れ、そんな会話を廊下で待たされているユウキとブラックは耳にしつつ、異なる反応を示す。
「本当にあのロリコン野郎は一度解体して……」
「だからほっとけって。それに、それと試合は別だからな。わかってるな」
「わかってます。感情任せに戦った時点でリタイアすると言われたら、自粛せざる得ませんから」
一見すると大人びているものの、ブラックには子供っぽい面がありユウキはそれを上手くコントロールしていた。そして二人は準決勝まで日が少ない事、その時が来る刹那まで、牙を隠して研ぎ続けなければならないと意見を合わせているのだった。
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