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ーーー日本首都郊外、日夜市舞来地区。
日も高く昇り始めた頃に少年は紺のブレザーの制服を着て身支度を済ませ、大きめの肩掛けカバンをかけて自宅を後にする。
(うー……ちょっと寝坊しちゃったかな)
暗めのやや短い赤い髪と可憐とも幼くも見える整った顔立ち。器用に自宅庭に施されている防犯設備を避けながら門を通り、やっとこさ外へと躍り出る。
時間は昼前だが少年は特に急ぐわけでもなく、歩き慣れた道を進んで商店街へ赴き肉屋に寄った。
「こんにちは、いつものください」
「いらっしゃいハルト君。今日は遅いね」
「今は学園祭の準備で通常の授業はないですから」
少年の名はハルト・グリュプス。物腰の柔らかさから想像できるように非常に穏やかな少年であり、近所の人々に見守られながら生活している。
肉屋の女将にお金を渡してコロッケパンを受け取ると早速口にしながら登校再開。彼の通う日夜学園は現在春の学園祭シーズンであり、新入生向けの部活動紹介の場でもある。
高学部二年のハルトはとある部の助っ人としてこの時期を過ごす……のだが、学校が近くなる度に辺りを気にし始め、コロッケパンを食べ終わる頃には校門に到着する。
(あ……やっぱりヒメカワ先輩いる……)
校門前に設置された学園祭案内図にハルトは隠れるように移動し、正面玄関の前に腕を組んで凛々しく待ち構える亜麻色のウェーブがかったロングヘアの女子生徒が辺りを睥睨するかのように目を向け、存在感を示していた。
カオリ・ヒメカワ。学園のExH研究部部長であり、容姿端麗頭脳明晰文武両道とスキがない人物。
ハルトはカオリが目線を変えたスキを見て校内へ入ろうとするものの、中々そのタイミングを見つけられずに困り果ててしまう。
(どうしよう……ヒメカワ先輩には見つかりたくないし……)
故あってハルトはカオリに目をつけられており、なるべく遭遇しないよう努めていた。もっとも、嫌いという訳ではなく別の問題で顔合わせを控えている。
「ハルト! こっちだ!」
聞き覚えのある自分を呼ぶ声にハルトは反応し、左右に目をやってから声の主がいる校門の左側面。入り口飾りを運ぶ生徒を影にして声の方に行き、校舎側面にいた黒髪の少年の元へ早足で赴く。
「ありがとユウキ」
「ったく、来るならもっと早く来いっての」
黒髪の少年の名はユウキ・ノワールス。ハルトの中学時代からの親友であり理解者、そしてExH研究部の部員でもある。
屋内催しの為の搬入搬出の関係で校舎裏の職員用玄関も解放されている為、ユウキに連れ立ってハルトはそこから校内へと入り、校舎内を歩き始める。
学園祭まであと一週間と言うこともあり、生徒達の準備にも熱が入る。それが伝達していき、自然と高揚感に繋がり士気も高まる。
その雰囲気の中、ハルトだけは周りとは少しだけ浮いているようにも見えた。それは、彼の持つ理由からだ。
「で、結局どうすんだよ。部長は何がなんでもお前を部に入れるつもりだぞ」
「それは嬉しいけど……うーん……」
決断せずに答えを濁すハルトにユウキは半ば呆れてはいるものの、親友故に彼の気持ちもよくわかっているので力押しとはいかない。
「宝の持ち腐れとまで言うつもりはねーけどさ、いつまでも相棒をそのままって訳にもいかないだろ」
ハルトの手が肩掛けカバンの側面に触れ、その中にある物を感じながらユウキの言葉を噛み締める。
相棒、それはハルトにとってはとても大切なものにして大きな意味を持つもの。そして、自分の大きな目標でもあり壁でもある。
「うん……でもなかなか、ね」
決断力がないわけではない、寂しげにも見えるハルトの横顔を見るユウキはその理由をよく知っている。だからこそ、彼が進めない事をとても気にかけていた。
「ま、どうするかはお前が決める事だし、やるなら俺も手伝うってのは変わらない。お前の相棒がどんな奴でどんな活躍するのかは、最初に見たいしな」
ユウキに軽く頭をはたかれるハルトは苦笑しつつ「ありがと」と答え、自分のExH……自分のパートナーを思い浮かべる。
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