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ExH研究部は旧校舎の一階のほぼ全室を部室としている。ExHに関する設備を一通り揃えているだけでなく、製作に関しても行えるだけの環境が整っており学園の代表的な部の一つである。
部長であるカオリが来ると各自作業していた部員達が手を止めて挨拶の言葉を投げ、同時に後から入って来たグレイの姿に驚きの声をあげた。
「ほら! ブレイブ監督の為に席を用意する!」
ハルトを投げ捨てる様に手を振ったカオリの指示を受けて部員達が慌てて機材を退かして机と椅子とを用意し、粗雑に扱われたハルトは部室にいたユウキの隣にいた人型の鮫の意匠を持つ人型の青いExHに受け止められる。
「ハルト様、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとブラック」
CORE名ブラックが嵌められたExH、Bシャークス。ユウキのパートナーである。
ExHを呼称する際は機体名もだがHEART COREの名前で呼ぶのが一般的。
考え方的にはCOREが操縦者でExHはその乗り物と言うのがわかりやすいだろう。
「ユウキ、あまりハルト様をいじめてはいけませんよ」
「別にいじめはしてねぇって。ま、有名人が来るってのは流石に驚いたけどな」
ユウキも興奮を隠せないグレイの存在は、ハルトも同じように思うもの。
グレイ・ブレイブ。パートナーのExHと共に唯一の例外を除き無敗を誇る生ける伝説。ExHに携わる者で彼の名を知らぬ者はいない。
雑誌やテレビなどで見たままの人物が部室にいる事、そして用意された椅子に座って机越しにカオリと向かい合っている事、現実に起きている事にはやはり胸が高鳴る。
「……いい部のようだな。設備もだが、部員一人一人の繋がりも、COREとの繋がりもとてもいい」
「ありがとうございます。それで、ご用件は……?」
女子部員がグレイとカオリの前にコーヒーが入った紙コップを置くと、グレイはおもむろにコートの下から角砂糖の入った小瓶を取り出し、それを開けて中の角砂糖を全て自分のコーヒーにぶち込み、さらに用意されたステイックシュガーもあるだけ入れてかき混ぜ始めた。
見てるだけでも口の中が甘くなる、どころか気が引ける行動だがグレイ本人は周囲の反応など全く気にせず、別の小瓶を取り出してさらに砂糖を追加しながら語り始める。
「知っての通り……私は今現在、新しい日本代表を選抜する為の大会などを考えている。当然来年開催されるクロスデュナミスに間に合わせ、その為には既存のプロだけではなく若き人材やまだ見ぬ才能を持つ者を見つけ出す事やその育成プランも進める予定だ」
砂糖を入れたコーヒー……否、コーヒー色の砂糖たっぷりの飲み物と化したものをグレイは一口飲み、特にむせたり反応ない。
「そんな折、君が送ってくれたこの推薦状が私の手元に来たと言う事だ」
彼がコーヒーを一口飲んでからコート下から取り出した封筒にカオリは覚えがあり、それが自身の出したものというのを理解した。
「推薦状を読んでいただけでなく、わざわざお越しいただけるなんて……」
「来るのも当然だ。私にとっても、この目で確かめたかったからな。ハルト、君が書いた設計図を見させてもらった」
不意に出た自分の名前にハルトは驚きを隠せなかったが、同時にハッと我に返って「先輩まさか!」とカオリの方に目を向け、ユウキに軽く背を押されたのもあっておそるおそるカオリ側の椅子へ向かい、静かに席についた。
「せ、先輩……僕が書いた設計図を勝手に送るなんて……」
「それだけの価値があるのと、それくらいしなきゃあなたが動かないと思ったもの」
足を組みながらコーヒーを一口飲むカオリとは対照的にハルトは弱気であり、そんな様子を見ながらグレイは左手首につけているリング型デバイスをタッチし、中空に立体映像を出現させ、それを指で操作しながら開くのはハルトについての情報だ。
「詳しく調べさせてもらったが、君はExHに関して数多くの技術を開発し、特許を取得しているのだな。ExH非戦闘形態用の小型ボディ……SDボディの技術に至っては君が確立したおかげで世界中に普及し、標準となったのだからな。それ以外にも既存技術の簡易化や応用した新技術……もっとも、名前が伏せられていたので見つからないのも無理はないな」
天才的とも言えるハルトの才能によってExHの技術レベルはここ数年で飛躍したと言える。そしてそれは決して誇張ではなく、誰もが認める事実。
しかしハルトは技術の公開などのそれで自身の名前など個人情報は公表せずにいた。
(そして彼は、あの人の……)
グレイはそれ以外の思いも抱いているが、それは明かす事なく思いに留める。
類稀なる才能を秘めただけでなく貢献度も高いハルトではあるが、自分のパートナーたるExHを持ってないという点だけがグレイにも引っかかる点ではあった。が、その理由に関しては見当がついていた。
「君が書いたExHの設計図は試作機としながらも完成度はかなりのものだ。だが情報を見る限り、COREの所持登録は済んでるがExHはないようだな?」
グレイに質問されたハルトは、自分のカバンを開けてその中から赤い水晶球を閉じ込めた金属の立方体を取り出し、じっと見つめつつ両手でぎゅっと握り締め沈黙する。
その理由を察してか否か、グレイは言葉を続けた。
「……君の父の事はよく知っている。私にとっても尊敬する相手の一人だったからな」
ハルトの父親。それはグレイにとっても特別な存在でもあり、それが最大の理由だから来たと言ってもいい存在。
その忘れ形見たるハルトに関して、カオリの推薦状には彼が一歩踏み出せれば素晴らしい人材となると書かれていたが、やはり、そう簡単に奮い立たすのは難しい。
「このCOREは父さんがくれたものです。いつか、父さんのように自分のパートナーと世界中を回って、人とExH架け橋になれればって……」
懐かしさと、哀しさとが混在する眼差しのハルトが前に踏み出せないのは父親の死に起因するのは明白だと、グレイはもちろん親友のユウキも、カオリもよくわかっていた。
同時に、彼が一歩踏み出せれば大きく羽ばたくのも、間違いのない事実。
(いい仲間と理解者に恵まれているのだな)
グレイはハルトの状況を理解する。そして、その一端を自分も担う事となった事も、何を成すべきかもまた。
おもむろにグレイは席を立ち「ところで」と話題を変えるように言葉を切り出し、それにカオリが反応したのに合わせてさらに続けた。
「学園長の話ではこの部の催しはExHの研究成果の発表と模擬戦と聞いた。メインイベントの一つだとか。もし良ければ練習試合を見せて貰えないだろうか? 君達の実力を見ておきたい」
「それは構いませんけど……わかりました。皆、模擬戦の準備。ハルト、あなたも手伝って」
実力を見たいというグレイが何かを意図して言ったのをカオリは感じ取ってはいたが、詳細は読み取れず部員達に指示を出し、ハルトも手伝いに参加させてそれを読み取る気構えを見せた。
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