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始まりの翼
ーーー日本首都、国際ExH委員会(IEC)日本支部にて。
白と黒の幾何学模様の仕事部屋に、その男は早朝からデスクに向かって職務をこなす。空中に映し出される映像は、全てExHに関するものだ。
(やはり既存のプロのみでは厳しいか)
そう思いながら椅子の背もたれに身を預け、男はデスク上に置かれたマグカップを手に取りコーヒーを一口飲む。
目元を悪魔の如き仮面で隠したこの男の名はグレイ・ブレイブ。かつて世界大会クロスデュナミスを三連覇という偉業を成し遂げ、パートナーと共にアメイジングハートの称号を得た生きる伝説。
そんな彼は100回目の節目となるクロスデュナミスに向け、この度日本代表チームの監督に就任する事と相成ったもののある大きな問題を抱え静かに憤りを胸に秘めていた。
「失礼します!」
「入れ」
自動扉が開いて白衣姿の男が両手に書類を抱えてグレイのデスクの元へ足早に行き、彼が見つめている映像に目を向けながら書類をデスクの上に置いた。
「監督、いかがですか?」
「話にならないな。これでは長年勝てなくて当然だ。目先の利益に溺れた奴らに運営は任せられない」
白衣の男に書類を軽く叩きながら立ち上がったグレイが指を鳴らすと空中に映し出される映像が全て消え、カーテンが開いて部屋に朝日を取り入れる。
グレイの憤る事、それは長年日本代表がクロスデュナミスはおろか、それ以外の大会においても成果を出せていない原因に対してだった。
「収賄事件がようやく終結したばかりですからね……監督の怒りもごもっともです」
「前任の支部長を中心としたプロリーグ関係者数十名の収賄……私を呼んだのが運のつきというものだが、ここから日本代表となる人材を探し出すにも育成するにも一苦労だな」
国際ExH委員会(IEC)はExHに関する物事全体を総括し、監督する役目を持つ。その日本支部が腐敗していたことがグレイの憤る理由であった。
もっとも、グレイ本人が言うように彼を新監督として呼んだことで全てが白日の元に晒されたのだが。
「この国のExHとそのパートナーたるオペレーター達のレベル自体は決して低くはない。特に現在登録されているプロ以外ならば尚更、まだ見ぬ才能も多くいるはずだ。その中から未来のアメイジングハートを輩出するのが私の役割と思っている」
グレイの理想は非常に高い、が、それを実現できるだけの手腕を持ち合わせているのも事実。
三連覇を果たした後は殿堂入りという形となってクロスデュナミスには参加不可となったが、後進の育成やコーチなどに力を入れ成果を出してきた。特に短期間でのチーム強化や組織改革に関しては見事な手腕を見せる。
そしてそれはアメイジングハートという最高の栄誉を得た者の務め、ということ以上に、グレイとそのパートナーの理想を実現させる為でもあった。もっともその思いが叶うのかは、自分達だけの力でどうしようもないのもわかっている。
と、グレイは置かれた書類を確認しようとした際、一通の封筒が落ちたのに目を引かれた。それを手にして宛名と差出人を確認、推薦状……とある。
「日夜学園ExH研究部部長カオリ・ヒメカワ……何処かで見た名前だな」
「アマチュア部門では有名な子です、中・高生の部の去年の大会は確か四位でした。ExHに関する論文もかなり出していますし、将来有望な人材ですよ」
封筒の中身を出しながら白衣の男の話を聞き、目を通した事のある資料にそんな少女もいたなと思い出しながらグレイは紙を広げる。手紙と、もう一つは何かの設計図のようだ。
と、設計図の方を拡げて見たグレイはある事に気づき、手紙の方にもすぐに目を通す。
「監督?」
「どうやら、早速私が出向く程の人材が見つかりそうだな」
そう言って勢い良く立ち上がったグレイは燃える炎が画かれた漆黒のコートを羽織り、黒い手袋を素早くはめあっという間に出かける準備を済ませる。
彼の準備完了に合わせて部屋の隅にあった悪魔の石像……否、石像を思わせる小型のロボットが動き静かにグレイの足元にやってくる。
「クリム、お前にとっても今日はいい日になりそうだな」
クリムと呼ばれたそのロボット、ExHは静かに頷き、グレイの目指すものと同じものを想像していた。
ーーー
ExH。それは機械工学の叡智と未知にして無限の可能性を秘めたエネルギー魔法を用いて作られたハイブリッド機関HEART COREを核とした心あるロボットである。
魔法と相性の良い特殊金属ミスリルの身体を持ち、人となんら変わらぬ個性を持ち合わせこの世界において人とExHは共存共栄を果たしていると言えるだろう。
無論、問題が全くないわけではない。過去にはExHの権利についての問題などもあり、感情がありパーソナリティがある事で摩擦が起きている。遥か昔には人間の仕打ちに激怒したExHが人類との全面戦争を巻き起こした大事件すらある。
それでもExHは人と心を通わすことができる、かけがえのないパートナーである事も確か。国際ExH委員会(IEC)はその懸け橋となるべく尽力した設立者の思想を今も受け継ぎ、日々活動を行っている。
一方でHEART COREに用いられる技術は未だ解明されていない。さらに、このHEART COREは遥か古より存在が確認されており、その真実を知るものは国際ExH委員会(IEC)の面々を含めいないという。
同じく未知のエネルギーである魔法と併せ、大きな謎とされる事柄……確実に言えるのは、人とExHが心を通わせあうことで新たな可能性が拓けること、その大舞台としてクロスデュナミスがあり最高栄誉のアメイジングハートの称号を得て初めてそれが見えてくるのだろうという事だ。
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