サウナ好きの奇妙な話

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「12月の中旬頃だったかな、その日も俺は近所の銭湯に行ったんだよ。もちろん、そこはサウナつきだよ。その銭湯は会員制度もやっていて、あらかじめ料金を支払って会員証をつくっておけば、それを受付のおっさんに提示するだけで入浴することができる。だから、俺も会員になってその銭湯に行っていたんだ。会員になったからには元をとりたいだろう?  俺はしょっちゅう銭湯に通ったよ。んなもんだから、受付のおっさんと顔馴染みになってさ、最近は会員証を提示しなくても顔を見せただけでサウナ用のリストバンドを渡してくれるようになったんだよ。いちいち会員証を財布から出さずして暖簾をくぐることができるから楽なんだ。  受付のおっさんとも仲良くなったんだけど、もう一人仲良くなった人がいるんだ。まあ、仲良くなったといっても、とある場所でしか会話はしないんだけどね」  野田はもったいぶるようにいった。 「誰と仲良くなったんですか? それにとある場所ってどこです?」 「まあ、そう焦んなって。じっくりいこうじゃないか」  野田は子どもがいたずらするような笑みを浮かべると話を続けた。 「仲良くなった人は俺と同じその銭湯の常連だ。名前は……知らねえ。まあ、誰だっていいじゃねえか。その常連も、多分会員証をもっているはずだ。いつの日か、俺はその日も顔パスで通ろうと思って受付に近寄ると、常連が会員証を提示せずにサウナのリストバンドを受け取っていたのを見たからだ。直接、会員証を見たわけではないが俺と同じように受付のおっさんに顔を覚えられたんだろうな。  藤堂の質問に答えるんだったら、仲良くなった人は常連ということだ。それじゃ、とある場所はどこなんだという話になる。いってしまえばその場所はサウナ室になる。  なぜか分からないが、俺と常連は脱衣所や浴室、風呂から上がってテレビを見ながらコーヒー牛乳を飲んだりできる休憩場所なんかでは話をしない。ばったり遭遇したとしても、軽い会釈をするくらいだ。だから、常連が顔パスでリストバンドを受け取っていたのを見た時も、軽い会釈だけだった。だけど、なぜかサウナ室では世間話をするんだよ。会社や仕事のこと、妻や子どもの話、経済やギャンブルなど話の内容は多伎にわたる。  奇妙な関係だろ? 俺もそう思うよ。表では他人行儀に会釈だけしているのに、サウナ室に入るときちんと話をするんだからな。なあ、藤堂、サウナには不思議な力があるんだよ」  野田は同意を求めるように訊いたが、藤堂の返事を待たずに再び話し出した。 「サウナに不思議な力があるのは間違いねえ。俺にとってその銭湯のサウナはかけがえのない場所だ。心身ともにととのって極上のリラックスを味わえる。だが、俺と常連とがサウナ室の中だけで会話をするにはもちろん別な理由がある。サウナが男同士の、それも中年のおっさん同士の友情を育むなんてそんな変な話があるわけないからな」  藤堂はほっとした。野田がサウナを愛してやまないあまりに頭がおかしくなったと思ったからである。安心したせいか毛穴がひらき、汗が出てくるのを感じた。藤堂は両手を覆うようにして顔の汗を軽くふきとると訊いた。 「野田さんと常連さんがサウナの時だけ話す理由って何ですか?」 「我慢比べだよ。俺と常連はサウナが好きで、どちらが先に熱さに耐えられなくなり、サウナ室から出ていくかを競い合っているんだ。サウナ前にブクブクと泡が出るバイブラ風呂ってのがあるんだが、お互い打ち合わせをしていないのにどちらからいうわけでもなく、その風呂に俺と常連は一緒に入るんだ。そして、どちらかが風呂から上がりサウナ室に向かうと後者もそれに続く。まるで先に風呂から上がったやつがサウナでの我慢比べをしかけているようにみえるわけだ。それにな、さっきサウナでは世間話をしているといったけど、表面上しているだけで、水面下ではお互いに早く出ていけと腹の中を探り合っているんだ」  野田は再びニヤッとした横顔を浮かべた。年齢は藤堂よりも上で妻子もちだが、その表情はやんちゃな小学校低学年の男の子のようだった。 「我慢比べって、野田さん、子どもじゃないんだからそんな危ないこと止めてくださいよ」 「ああ、分かっているよ。サウナでの我慢比べは半分本気、半分お遊びみたいな感覚でやっているからな。多分、常連も同じことを思っているよ」  相変わらず、野田の横顔はいたずらな笑みをつくっていた。 「ここまでが前置きだ。本題はここから入る」
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