サウナ好きの奇妙な話

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「その日も俺はととのえるために銭湯に行ったんだ。顔パスでサウナのリストバンドを受け取って、暖簾をくぐると脱衣所には常連がいた。軽く会釈して俺は着替え始めた。着替えながら、なんとなく常連の方を見ると、彼は髪の毛を切ったようで長さが短くなっていた。それに洗面台の方に移動してコンタクトを外し始めた。常連って、けっこう髪切るんだなとか、コンタクトをつけていたんだとか、そういうどうでもいい発見がありつつ俺は裸になりタオルをもって浴室に向かった。  かけ湯してからバイブラ風呂で温まっていると、常連が脱衣所と浴室を仕切っている扉を開け、かけ湯しているのが見えた。俺はそのままブクブクする泡の中で待っていると、予想通り常連はバイブラ風呂に入ってきた。俺は5分くらいたったら、勝負をしかけようと思ったわけだ。そのくらいあれば、常連の体も温まってお互いに気持ちよくサウナを味わえるからな。  5分経過したから俺は勝負をしかけて先にサウナ室に入った。だが、いつもなら10秒もすれば後に続いて入ってくるのになぜか常連が来ない。あれって思ったよ。なんで来ないのってね。俺は1回サウナに入ってしまったから汗をかくことに決めた。それに俺と常連は暗黙のルールでサウナでの我慢勝負をしているだけであって別にそれを取り交わしたわけではないからな。  10分ほど汗をかいてからサウナ室を出て水風呂に入ると、これが気持ちいいんだよ。近所のその銭湯は露天風呂もあるから水風呂の後はそこのイスに座って外気浴しながら休憩タイム。これがととのいの肝なんだよ。頭が空っぽになって脳みそがぐわーん、ぐわーんとうねる感じがたまらねえんだよ。あっ、話が終わったら水風呂に入るからそのつもりでな」 (常連はなぜサウナに行かなかったのだろう。その日、体調悪かったから体に負担をかけるは遠慮しておいたとも考えられるし……。というか、この人大丈夫かよ。ぐわーんぐわーんって、まるで薬物でもやっているかのような台詞だな。でも、サウナは疲労をたまりにくくするから健康によいとも聞いたことがあるし) 「うん? 俺の顔に何かついているかい? ついていない? ならいいや。話は戻るけど、休憩の後、冷えた体を温めるためにもう一度バイブラ風呂に入ったんだ。ととのえている時は頭が空っぽだったから常連のことなんて考える暇なかったけど、体が温まってきて次第に勝負をしかけると必ず俺の後に続く常連がサウナに入ってこなかった理由が気になりだしてさ。  引き続き低刺激がくせになる泡を体に感じていると、常連がジェットバスを利用しているのが見えたんだ。俺もジェットバスで肩こりをとりたかったんだけど、常連が他の風呂に移動しようとしているから今度こそはバイブラに来るかもしれないと思った。ブクブクに常連が来れば、俺はもう一度勝負をしかけることができるし、逆に相手から勝負を挑まれるかもしれないからな。そんな期待に胸を膨らませながら待っていたんだ。  予想通り常連はやってきた。だけど、5分くらい時間が経っても相手から勝負をしかけてくる様子はなかったんだ。煮えたぎった俺はまた勝負をしかけることにした。バイブラから出てサウナ室に入る。だけど、待てど暮らせど常連は来ない。  もうね、寂しかったよ。いつもなら、阿吽の呼吸で通じ合うものがあったのにその日は何も通じ合わなかった。俺は汗をかいた後、水風呂に浸かって休憩の流れで心身ともにトランス状態を味わっていた。その後、今度はジェットバスにいき、肩や腰をほぐしていると脱衣所への出入り口の脇にあるシャワー付近に常連がいたのが目に入った。  彼は両手でタオルを絞ると体を拭き始めた。拭き終わるとシャワーからお湯を出してタオルをじゃぶじゃぶしながら洗うようにこすっていた。その後、彼は両手でタオルを絞ると左手にもちかえ、ぺちっと打ちつけるように肩にタオルをのせると脱衣所の方に進み、浴室を後にした。その光景を見た時、俺はいつもと違う違和感を覚えたが、それが何だかよく分からなかった。  サウナ―は〈サウナ→水風呂→休憩〉の流れを3回繰り返す必要があるんだが、常連を見送った時点で俺はそのサイクルを2回しかやっていなかった。我慢比べができると思っていたのにできなかった。そういうちょっとした気の落ち込みみたいなものもあって、その日は俺も2回のサイクルにとどめ手短に髪と体を洗うと浴室を後にした。  常連はサウナに入らなかったけどサウナーだって人間だからな。体調の良し悪しがある。体に負担をかけない程度に入浴しに来たんだろうと思うことにして俺は風呂から上がった」
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