サウナ好きの奇妙な話

4/4
前へ
/4ページ
次へ
「風呂から上がって脱衣所に行くと、常連の姿はもうなかった。まあ、当たり前だよな。俺が体を洗うのに10分くらいはかかったからさ。  その日、俺は疲れがたまっていたんだろう。ととのえ終わったら毒が一気に出て好転反応を感じたんだよ。だるかったからゆっくりと着替えていると、なんと常連が脱衣所に戻ってきたんだよ。しかも、風呂場で見た時より明るい雰囲気だったんだ。多分、忘れ物で戻ってきたんだろうなと思った。俺はおもいきってサウナ室ではなかったけど常連に声をかけたんだ。 忘れ物ですか? と。 そしたら、常連はこういったんだ。 えっ、忘れ物ですか? 私は今から風呂に入るところですよって。 常連はぽかんとした顔をしていたし、俺も同じようにぽかんとした顔をしていたよ。 それから、話が噛み合わなかったから早めに切り上げ、俺は脱衣所を出てコーヒー牛乳でも飲もうとした。だけど、これがびっくりしちゃってさ。いろいろと納得したよ」  長々と話していた野田は思い出したかのようにニヤッと笑った。 「それでどうなったんですか?」  藤堂は身を乗り出しながら質問した。 「なんとな、常連がコーヒー牛乳を片手にテレビを見てたんだよ。俺は一瞬、わけが分からなくなった。さっき、脱衣所にいて、これから風呂に入るっていっていたのになんでいるんだよって。俺はもう一度、暖簾をくぐり脱衣所の方に向かうと、裸の常連がいて彼はちょうどロッカーの鍵を回すところだった。ここまでいえばわかるだろう?」  野田は相変わらずニヤニヤと笑いながら藤堂に質問した。 「双子ですね?」 「そうなんだよ。それもびっくりするくらい顔が似ていてさ。双子でも大人になったら顔が多少なりとも変わるもんだと思うんだけど常連は瓜二つだったよ。常連は兄。その日見たのは弟な。  冒頭に俺は、常連はけっこう髪切るんだとか、コンタクトつけていたんだとかいったけど、あれは兄じゃなくて弟のほうだったんだ。兄は裸眼で長髪だけど弟は短髪でコンタクト、それに常連は、つまり、兄は右ききで弟は左ききらしい。俺が感じた違和感の正体は、常連の弟が脱衣所に入る前にタオルを絞り左手に持ち替え右肩にかけたのは左ききだったからだ。いつも俺が見ていたのはタオルを右手に持ち替え左肩にかける兄のほうだからな」  野田はいいたいことが終わると砂時計に視線を移した。 「さて、水風呂に入るか。こんだけ汗が出たら気持ちがいいぞ」  藤堂は砂時計を見た。砂は全部落ち切っていた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加