儚き日常

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 息を呑むおれの目の前で、次いで沙介、沙雪、母さんの体も同様に消えた。  皆が順に見えなくなって、最後に残った父さんと目が合う。口元が、無音の言葉を紡いだ。 「……う、あ……? ゆな? もしかして、凪逢って言っているのか? 大丈夫。凪逢は守ってみせるよ。家族だから。だから安心して、父さん」  力強く告げると、眉尻の下がった微笑みを向けられた。すっと、腕が伸ばされる。  この身へは届かないそれだったけれど、十分に伝わった。 「うん……おれも、おれのことを大事にするよ。約束する」  表情はそのままに頷いて、やがて父さんも光になる。  一人残されて目を閉じたところで、意識がふっと覚醒した。 「ん……ここは……」  聞こえてきた声は、少し掠れていた。  開いた瞳に、真白い天井が飛び込んでくる。  そこは、消毒薬の匂いに満ちていた。  おれは余韻を惜しむように、目を閉じる。 「会えて、良かった……」  胸中を支配するのは、言い表せない寂寞(せきばく)。  それでも、夢だとしても、再び(まみ)えることが叶った。  実感はない。だけど、おれは現実(ここ)で生きている。  皆から、前を向く勇気をもらった。悲しみに暮れている暇はない。 「凪逢……っ……」  呟きながら、倦怠感の纏わり付く上半身を起こそうとして、顔を(しか)めた。体が思うように動かせないばかりか、どこが発信源かわからないほどに痛みが走る。  何とか片肘をついて、首を巡らせた。 「びょう、しつ……?」  さて、ここはどこだろうか。  腕にチューブが繋がっていて、周りには見たことのない医療器具らしき機械が置かれている。白を基調とした清潔感溢れる空間に、いくつも並べられたベッド。ここは、どこかの医療施設だろう。  であれば、おそらく―― 「あら、目が覚めたのね。すぐに先生を呼んできます。横になっていてください」  通りがかった白衣の女性にそう告げられるも、返事をする間はなかった。きびきびとした動きで、すぐさま立ち去ってしまったからだ。  おれはぽかんと口を開けつつ、言われた通りに大人しくベッドへ横たわる。自身が置き去りにした温もりに再び包まれ、彼女の背を思い浮かべた。 「背中に、カラスのマーク……やっぱり、ここは――」  暮らしていた地域のそばにある医療施設といえば、一つしかない。カラスのシンボルマークを掲げた組織『フィアス・レイヴン』だ。  やがて、白衣の男性が姿を現した。大怪我の診断を下されたおれは、しばらくの間安静にしているようにと有無を言わさぬ口調で告げられた。
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