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キッチンから、隣接しているリビングへ。呼ばれるがまま大人しく従い、彼の隣に座る。向かい合い、躊躇いもなく腕を差し出して傷口を向けた。重力に従って、赤がすっと滑る。
優しい目元が、泣きそうになった。
「痛そう……平気な顔をしているけれど、痛くないの?」
傷口周りの水分や血液を拭き取りながら、問われる。手つきはそっと優しいもので、ふわふわとした心地。まるで、壊れ物でも扱うかのようだ。
「見た目ほどじゃない。浅いから、大丈夫だ」
「ちっとも大丈夫じゃありません!」
きぱっと両断され、互角の切れ味に目を丸くする。瞠目しているおれのことなどお構いなしに、てきぱきと動く彼の手が消毒薬を掴んだ。黙って眺めていると、鋭い痛みが走る。
「痛っ!」
「動かないで」
「いっ、たい! いった! 痛い、痛いよ!」
「浅いから大丈夫だって言っていたのは、どこの誰ですかー? ほら、我慢して。お兄ちゃんでしょ?」
「うっ……おれは、おまえの兄ちゃんじゃない……」
ここでその言葉は、ずるいというものだ。
思わず目を逸らす。長い付き合いの彼には、適当に流されてしまった。
「はいはい、痛いね。すぐ終わるから、じっとしていて」
「ぐ……」
まだ血は滲み出ていたものの、長時間にも感じた消毒薬責めが終わり、おれは詰めていた息を吐き出す。大きめの絆創膏二枚を使用して、ようやく解放された。
「はい、おしまい。もういいよ」
「ありがとう」
琥珀色の瞳をまっすぐに見て、お礼を言う。向こうも微笑み、軽く頷いた。
しかし、刹那。眉尻を吊り上げ、表情を変える。
「どうして、きみは怪我をしたというのに、そうやって笑っているのかなあ?」
不可解なのだろう。不審なものでも見るかのような視線だ。
おれは、自身の唇が弧を描いていると自覚しながらも、問い掛ける。
「おれ、笑っている?」
「どこか嬉しそうにすら見えるよ」
「そうか。やっぱりおれは、笑っているのか」
「何なの? 血を見て、おかしくなったの?」
「おまえは、おれのことを何だと思っている」
苦笑しながら尋ねると、至って真面目な顔つきで、彼は口を開けた。
「何って、相模沙希人、十三歳。正義感に溢れていて、優しくて、弟や妹たちの良いお兄ちゃんで、頼りになる、ちょっとおかしなぼくの大親友で、家族だよ」
「なんだよ、それ。真面目な顔で褒めるなんて、恥ずかしいことを……」
不意打ちとは卑怯な。思わず面食らってしまった。
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